2006年06月30日

閉鎖に関する重要なお知らせ

 先の「おしらせ」に関する重要なお知らせです。

 詳細は「おしらせ2」に挙げられているのでご参照ください。

 上記に挙げられていますように、今後、閉鎖は、ある意味延期されましたが、完全閉鎖に向けての流れとはなります。

 皆様、半年間でしたが、ほんとうに、ありがとうございました。
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2006年06月28日

現代経済学の話

 これで最後になるかもしれませんが…。

 そこは、元は経済学畑の梵であります。

 経済の考えかたについて、メディアや一般常識があまりに酷いようなので、(といっても、資源となる物の性質や構造を知らないからしかたがないのでしょうが)、大学過程の「現代経済学」についての基本的概念を簡単に説明します。

(因みに、トヨタやコカ・コーラーボトリングなどの大手企業はバブル崩壊時には逸早く社員をハーバード大学経済学部の修士課程を学ばせており、その後、追う様にして様々な企業が学びに留学させています。しかし、ここでは基本が大事ということで、基本をおさえます)



 現代経済学は経済学より進んだレベルで講義されます。達成目標の設定が必要と思われますが、現代経済学では、ミクロ経済学とマクロ経済学の両方を取り扱います。

 ミクロ経済学では、消費者と企業といった、個々の経済主体が合理的に行動します。その時には、あることをするかしないかを決める時に、それをすることによって得られる便益、それをする時にかかる費用とを比較して、するかしないかを決めるための経済学的考え方を習得する必要があります。

 マクロ経済では、政府がさまざまな経済製作を執り行います。例えば、インフレ整備を行ったり、公共投資を増やしたり、金利政策、公定歩合を上げたりといったことなどが行なわれますが、その時にどのような理論からそのような政策がとられたのか、という理論についての最小限度の理解が必要です。

 現代経済学の大学レベルの過程では、経理とは違い、人の好嫌の流れで読むといった一般的な経済とも違い、それはあたかも生物学且つ物理学のような振る舞いに、さも数学なグラフや微分方程式がどんどん出てくるわけなのですが…。

 経済学とは何か、経済で取り扱いことなど、ざっと基本的な概念を挙げていけば、次のようなことがあげられます。

 基本中の基本として、大学レベルの現代経済学では「資源配分問題」が先ず挙げられます。これは、「誰」が「どのようにして」、「誰のために」、「生産配分するか」ということを決めなければなりません。これを 資源配分問題 といいます。

 即ち、「誰」が「どのような生産技術を用い」て、「どの資源」を「いくら使って」、「何」を「何単位」ほど「生産する」のか。そして、「生産された物」を「消費者」や「企業」に、それぞれ「何」を「どれだけ割り当てるのか」を決める必要があります。これが資源配分問題です。

 例え、ロビンソン・クルーソーのように、孤島に流されたとしても、まず、生きていく上で、生産計画が必要になります。24時間のうちに、「救助船の発見」「安全の確認」「住居・衣類」「食糧確保」などを獲得しなければならなければなりませんが、これも「生産計画」と呼ばれるものです。

 「何時間」ほど「何」を獲得するために働き、食糧を確保するための生産計画が必要になります。

 生産計画にのっとって食糧が手に入ったとします。今日は何をいくら食べ、将来のためにどれだけ残しておくのか、腐れたり、取られたりしないように、消費貯蓄計画を立てる必要があります。何故なら、病気になったり、その日食糧が確保できなくなることがあるからです。

 一人の場合は自己生産計画ですみますが、もう一人現れたとすると、それまで想定以外の事柄が増えてきます。共存できるのかできないのか、一人増えたことで大きな力が出せるかもしれませんし、同じ仕事で生産量が上がるのかもしれませんし、分担して生産量を上げるのかもしれません。或いは、得意分野がそれぞれ違っているのかもしれませんし、そうなると、これまで一人の時には考えられなかった、まず、資源配分問題が出てきます。

 その資源配分問題とは、二人で共同で生産してきた物どのようにして二人で分けるのか、、或いはそれぞれに生産したものをどのような比率で分けるのか、を決める必要があります。

 つまり、生きている限り、どこでも出てくる話なのです。


 人間は社会を形成することによって生存力を確保して、そして共有と分業によって生産力を上昇させてきました。しかし、資源には限りがあり、財物に関する人間の欲望を満たすに限りがあります。

 したがって、どのような時代であれ、どのような社会であれ、資源配分を解く必要があります。

 資源は私たちにとって役に立つ物です。この資源には、ガス油田や石炭・石油などから生産するエネルギー資源だけではなく、衣類や食器、道具や雑貨
などの物資の材料となる生産資源、生産技術も資源にあたり、衣食住といった(生物を原料とした食糧を含む)消費資源です。空気・水といったものも資源であると考えられます。

 資源が貴重であると言うことは、その存在量に比べ、私たちの欲求が大きいため不足していることにあります。

 第二次大戦後の経済学の理論的指導者だったサムエルソンという米国の経済学者がいますが、彼が出版した「エコノミー(経済学)」という教科書の中に希少性について次のように説明されています。

 「希少性=欲求/存在量」と解きます。

 ある希少性は、資源の存在量とそれに対する欲求の比率である、というものです。



 因みに、2005年、国連統計資料では、「世界の総人口: 64億6475万人」と出ていますが、実際には届に入れられていないこともあるのも考えれば 65億 は超えているのかもしれません。

 これに対し、 5 月 4 日に報告された 2006 年度のレッドリストによれば、1 万 6119 種の動植物が絶滅の危機にさらされているという報告があり、私たちにはお馴染みのシロクマや、カバ、サメ、エイも絶滅危惧種と認定されました。(これには地球温暖化や人工的な自然環境破壊や汚染などの原因も含みます。)

 私たち人間は生物を食して生き長らえています。

 いくらお金の流れだけをみても、資源というコンテンツがなければ成り立ちません。金融や株といっても、生産力がある企業がなければ成り立たないので、この部分を見ないと経済がわからないわけですが、それより、何よりも人が生きていくには衣食住の消費資源、特に食糧は何よりも必要です。

 食糧不足のときはいくら金があっても食糧が手に入らない、なんて、戦中戦後にあった話ですが、今度は温暖化や人為的な環境破壊や環境汚染、乱獲で、食糧が手に入らなくなるのかもしれません。

 64億6475万人の世界総人口の欲求を満たそうとした場合、地球資源が持ちません…。

 一般的に報道や経済のコメントなどを見る限り、上記に挙げたここを誰も見ようとしません。これまでの経験値だけの判断で、金の流れしか考えなかったり、一部分の見解だけのものであったりすることが多いですが、なんです…。

 上記に挙げた現代経済学は、東京経済大学教授の賀川昭夫教授による「資源配分と市場経済」についての講義の中で出てきた話です。

 これについて、地球環境といった物理的な意味で危機感をもっているのは、梵以外に、科学者ぐらいのものであるようです。少なくとも、これまでの経験上の知識だけでは対応できなくなります。何故なら、先々地球環境において生存危機にさらされるからです。だから、地球環境を研究する学者も一部の大手企業も必死で、対応しようと努力しています。


 北朝鮮ミサイル問題については、食料となる海洋生物を無闇に殺すのは、それだけ食糧資源がなくなるわけですから首をしめるだけです。

 G8 で地球温暖化問題を取り上げたとしても、どの国も、所詮、自己利益しか考えないのかもしれません。

 近いうちに、この地球には現在の生物はいなくなるのかもしれませんね…。



### 関連する試料として ###

論議
中国の環境問題
G8と気候変動:氷山のティッピング・ポイント

 メディアでは中国が美化されていますが、実は、中国の政治家がさもおりこうそうに言うほど、そんなに簡単なものではないのです。

中国におけるエネルギー問題と環境問題
中国のエネルギー計画立案者たち
アジアにおけるエネルギー消費構造と地球環境影響物質排出量
「石炭は万能」なのか!?
ものは考えよう‐知識と技術は身を助ける
中国における貴陽市の取り組み(インフラ整備)

 因みに原油高になると、車両燃料だけでなく、電気量も高くなります。それを原料としている製品も高くなるのですが、原料自体がコスト高になるために市場提供への値段が上がり、企業にも消費者にも圧迫するとった、これも知らない経済コメンテーターが多いようです。

 まぁ、日本じゃ、これまでの営業規定上、どの家庭にも電気を届ける決まりがあったために、エネルギー産業は(高度な技術を持っていることから生産率が高く)安定して運営されているので、金さえ払えば(水や空気のように)あって当たり前と思っている人が多いのでしょうがね…。

 …と、やはり、最終的には、自然科学(幾分理工)で〆てしまう梵なのでありました…。
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2006年06月26日

化学における原子論

 さて…。いよいよ、梵がボルンに現代物理学しましょうかね…。

 本日は、記念すべき第1回目、『気体分子運動論』より、「化学における原子論」の話をします。



化学における原子論

 現在の物理学においては、エネルギーと物質の概念が極めて密接に原子論と結びついています。そこで、原子についてのさまざまな考え方がどのようにして起こって来たかを簡単に示していきます。

 これらの考えの起源が化学にあることはよく知られています。化学反応で変化する物質の質量を精密に天秤で測るときに容易にわかる簡単な規則性を説明しようとすれば、必ず原子に関する考えが浮かんできます。

 まず、ある反応の前後で全体の重さが変わらないことがわかります。

 第二には、物質は一定の簡単な比例関係を示す重さで示す重さでしか結合しないことです。

 したがって、ある一定の重さの物質は第二の物質の一定の重さとしか反応しません。そして、これらの重さの比例は外的条件――例えば、 2 つの物質がどんな重さの割合で混ざっていたとしても――には無関係です。

 以上のような規則性を科学者の言葉でいえば、定比例の法則 および 倍数比例の法則 であります(ブースト Proust. 1799 / ドルトン Dalton. 1808 )。

 例えば、
1 グラムの水素は 8 グラムの酸素と結合して 9 グラムの水を作る。

1 グラムの水素は 35.5 グラムの塩素と結合して 36.5 グラムの塩化水素を作る。

倍数比例の法則の例は窒素と酸素との化合物で説明できます。

 即ち、7 グラムの窒素は、
1 * 4 グラムの酸素と結合して、 11 グラムの 亜酸化窒素

2 * 4 グラムの酸素と結合して、 15 グラムの 酸化窒素

3 * 4 グラムの酸素と結合して、 19 グラムの 無水亜硝酸

4 * 4 グラムの酸素と結合して、 23 グラムの 二酸化窒素

5 * 4 グラムの酸素と結合して、 27 グラムの 無水硝酸
 となります。

 気体の場合には、簡単な法則が反応物質の重さについてだけでなく、その 容積 についても成り立ちます(ゲイ・リュサック Gay-Lussac. 1808 )。

 即ち(一定圧のとき)、
容積 2 の水素は容積 1 の酸素と結合して容積 2 の水蒸気を作る。

容積 1 の水素は容積 1 の塩素と結合して容積 2 の塩化水素を作る。

 これを化学方程式で表すと次のようになります。

2 H2 + O2 = 2 H2O ,

H2 + 2 O2 = 2 HCl .

 および

2 N2 + O2 = 2 N2O ,

2 N2 + 2 O2 = 4 NO ,

2 N2 + 3 O2 = 2 N2O3 ,

2 H2 + 4 O2 = 4 NO2 ,

2 N2 + 5 O2 = 2 N2O5 .

 これらのことは、アヴォガドロ Avogadro によると次のように説明できます。

 すべての気体は、原子あるいは分子といわれるたくさんの粒子からなっています。そして、等しい容積の気体はすべて、同温同圧のときは同数の分子を含んでいます。

 化学反応の法則と関係しているこの原理の意味は、上の例で示すことができます。

 例えば、容積 2 の水素が容積 1 の酸素と結合して容積 2 の水蒸気になるという事象は、水素の 2 分子が酸素の 1 分子と結合して水蒸気の 2 分子を作るということと同等です(アヴォガドロ 1811 )。

 同様に、重さ 1 の水素が重さ 8 の酸素と結合して重さ 9 の水を作ることは、酸素 1 分子は水素 2 分子の重さの 8 倍であり、水 2 分子は水素 2 分子の 9 倍の重さであることを意味しています。

 このようにして私たちは、物質 1 分子および 1 原子の重さで夫々あらわす 分子量 および 原子量 の考えに到達します。これらは、グラムで測られるのではなく、原子量を 1 とおいたある標準(理想)気体に対して測られます。

(理想化された標準気体と重さには、H = 1 ではなく、O = 16 を定義する方が実際と一致すること、水素には重い同位元素が存在するため、好都合であることから、原子量を 1 とおいた、あるあらかじめから理想的なある標準気体に対して測られます。)

 このようにして測った分子量を μ で表すことにします。

 重さが μ グラムである物質のその量を 1 モル といいます(これは物質がたとえ化学的意味でそん竿しなくてもそういいます)。故に酸素原子 1 モルは 16 グラムでありますが、酸素分子 1 モルは 32 グラムです。

 モルのこの定義から、「 1 モル」の気体は常に同数の分子を含んでいます。この、モルあたりの分子の個数が気体分子運動論では重要な役割を演ずることになります。

 それを最初に決定した物理学者ロシュミット Loschmidt ( 1865 )に従って L で表します。これは科学的命名法の慣例にならい「ロシュミット数」というべきものでもあります。これは、ドイツの文献で用いられる言語ですが、他の言語では アボガドロ数 といい、その値は
L = 6.02 * 10^23 / モル
 です。


 さて、ここで「うっ…忘れてしまったよ…」といった人のために、物理学 IB ・Uからのものを引用しておきましょう。このモルは、物の個数を数えるのにダースという単位を使うように、分子や原子を数えるにはモルを使います。即ち、
1 グラム分子の中の数 、或いは 1 グラムの中の原子の数

   N0 = 6.02 * 10^23 個

です。この数 N0モル分子数 或いは アボガドロ数 といいます。

 この数、6.02 * 10^23 個の集団1 モル ( 記号 mol ) とよび、分子や原子などの集団の単位(物質の量単位) に用います。即ち、

   1 mol = 6.02 * 10^23 個の集団
 1 グラム原子は、原子量にグラムをつけた質量です。原子量 1 の原子 1 個の質量を単位にとり、これを 1 原子質量単位 といい、amu (或いは u で示します。

 分子や原子の大きさについては、甚だ小さいので、オングストローム Å を単位として表します。
1 Å = 10^−10 m ( = 10^−8 cm )

 アボガドロの法則では、「同温・同圧気体 は、その種類に関係なく同体積 の中に、同数分子含む 」ことと、実験から次のことが導かれます。
1 モルの気体分子 は、どの気体も、0 ℃ , 1 気圧 において、22.4 l体積占める
 尚、モル分子数 N0 を求める方法には、ファラデーの法則を用いて、実験より精密にファラデー定数 F の値を求め、これとミカリンの実験から求めた電子の電気量 e とから、モル分子数 N0 を N0 = F / e から算出し、他の種々の方法から求めた N0 の値から、 N0 の値を決定する方法もあります。(しかし、ここでははじめの過程であるので参考としてのみ振れるだけとします)

(* 現代物理学の気体分子運動論ではアボガドロ数をロシュミットに従って L で表します。)


 アボガドロの法則によると、1 モルの気体はある与えられた圧力および温度のもとで同容積を占めます。例えば、水銀柱 760 mm の圧力、温度 0 ℃ では気体の容積は、 22.4 l です。

 ここで、これから出てくる記号の説明を加えます。 m がグラムで表した分子の質量であるときは、 μ = Lm です。

 特に、水素原子では、 μ が大体 1 であるから、 LmH = 1 です。 mH は水素原子の質量をあらわします。さらに、n が単位容積中の分子の個数をあらわし、N が容積 V の中の個数をあらわし、そして、 ν が容積 V の中モル数であるならば、νL = nV =N です。最後に、 p = nm で気体の密度を、 V = 1 / ρ でその比容積を夫々あらわします。



(...to be continue...)

 今回は一般教育機関過程の理工物理学のものまで引っ張り出して示してしまいましたが、如何でしたでしょうか…A(^-^;

 化学における原子論についての準備が終わったので、次回は「気体分子運動論の基礎的仮定」についての話をします。

ボーア運

 小十郎はボーア運について述べていました。
小十郎占い:ボーア運絶好調

*上記の引用文面はBlogPetの政景がボーアしたものをボーアしたものでしょう。

小十郎占い監修:小十郎
 *下記の文面は、現代物理学に梵がボルンしたものをボルンしてもいいのですけどね…。


 蛇足ではありますが……。

 ボルン式の現代物理学といえば、理工学的に簡潔に説明されてあり、ある意味では量子力学よりはえらくスッキリしているのですが、基礎知識がないと非常に難解な展開をしています。

 梵の場合は、理工系の参考書で基礎をつけたのでボルン式は入りやすかったりします。

 だけど、実際の量子力学はそんなに簡潔ではなく、えらく面倒なのですよね…。

 量子化学となれば、さらに面倒であるし…。

 まぁ…。慣れればなんて事はないのでしょうが…。
posted by 梵 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

生物と物理

 うぅぅん…。小十郎は唸っております。

 なんです…。どうしちゃったんでしょうね…。

 小十郎は次のような一言と俳句を残していました。
小十郎の一言:うぅ…

構造に 循環される 酵母かも

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 久々の「げのむ・げのむ…」なすねを挙げました梵であります。

 ポストゲノム到来以来、どこぞでゲノム宗教振興者と批難されていた梵でありますが、ヒトゲノム解読以来、2003 年度でゲノムを底辺にした生物学になってからというものの、基礎科学や教育学科が楽しくて楽しくてしょうがない梵であるのですが、教育過程における話によれば、物理学より容易度である生物学が「難しい、難しい」と悩んでいる学生が多いことに驚いた、と、とある教授がぼやいていました。

 ゲノムや分子レベルの生物学は知識の枝葉をたくさんつけると、覚えやすく、とても楽しくなります…。

 実際あげると、たのしいでしょ…?

 もう気がついたと思いますが、分子レベルの生物学は、化学と物理学の知識が必要です。これに、理工の知識があれば、もっと脳内で繋がりやすくなります。

 生物を分子レベルで扱うと、化学の知識が必要となるのですが、化学を扱えば物理学の知識が必要となってきます…。

 以外と専門家でも見落としやすいのが、生物学の分子のそれは、物理学でいう分子のそれと同じで、イオンチャネルのそれは、物理学の電気のそれと同じです…。

 覚えにくければ、医学なんかの体構造と組み合わせたり、機械物と組み合わせて考えるのも、脳内で繋がりやすいです…。

 知識が増えれば増えるほど、楽しくなってしまうのであります…。


 小十郎は化合運について述べていました。
小十郎占い:化合運よさそう

この化合イオンになりやすい性質を「化合性」という。

小十郎占い監修:小十郎
 物質の化学すねに振動を示した模様の小十郎であります…。

 物質の化学は、生体に関係する生化学と物理学に関係する化学がありますが、教育機関での過程では、物質の化学として、テーマごとに分類して説明していきます。

 最近の大学過程では、まず、はじめに物質の化学をやってから量子化学なんてのがあるわけですが、普通の物質の化学でも物理学寄りで、やはり物理学の基礎知識が要るわけですが、普通の物質の化学が化学式が主であるのに対し、量子化学になれば、物理学の方程式が登場し、実際に計算するところがよく出てきます…。

 まぁ、そのあたりは、現代物理学と重なるところなんでもあります…。

 量子化学の場合は数式や表で面倒になるわけですが、物質の化学でも試料作成が面倒なくらいに時間がかかるので、少しずつあげしている梵でありました…。

 実は物理すねについてはその編集にまだ終わってない梵なのであります…。
posted by 梵 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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