2006年06月14日

量子論は光から

 BlogPetSciense する BlogPet の 間でエントロピーな値を示し、そんな BlogPet に好評を受けた量子力学の話ですが、どうしても「有用だ」とばかりに監修にて示すので…ということで、量子力学しましょうかね…。

 さて、前回の「量子力学の話」では概要をざっと説明してきましたが、今回は「ことの起こり」からざっとみていきましょう。



ことのおこり

これから示していく量子力学は、物質を構成する原子や分子の性質に直接関わっている電子の振る舞いを決めている法則であり、電子や原子核の発見で原子の構造が解明されていくのと相俟って確立されました。

 量子 の概念は 1900 年にプランク( Max Karl Ernst Ludwing Plank , 1858 - 1947 作用量子( 1900 )ノーベル賞受賞( 1918 ) )によって導入されましたが、その端緒となったのは溶鉱炉の温度を正確に測るという工業的な要素から、熱放射 という高温物体から放出される光の輝度や色彩から決める研究でした。

 プランクは熱放射する物体の温度と光の波長による輝度を与える公式を導き、その中で後に プランク定数 と呼ばれる 作用粒子 h を導入し、熱放射のエネルギーが光の振動数 ν と作用粒子の積 hν の整数倍の値しかとらないことを提唱し、その単位を エネルギー要素 としました。

 このように本来連続的な値でもよい物理量がとびとびの値しかとならいことを 量子化 されているといいます。1905 年にアインシュタイン( Albert Einstein , 1879 - 1955 光電効果( 1905 )ノーベル賞受賞( 1921 ) )は、金属に光を当てると電子が飛び出す 光電効果 の説明に、光自身のエネルギーがプランクのエネルギー要素の値で量子化されていることを提唱し、光量子 と名付けました。

 光の波動説については、マクスウェル( James Clerk Maxwell , 1831 - 1879 光の電磁波説( 1861 ) )が 光の電磁波説 を提唱して約 40 年、ヘルツ( Heinrich Rudolf Hertz , 1857 - 1894 電磁波の発生( 1888 ) )が実際に電磁波を発生させて約 15 年たっており、光の波動性 はもはや揺ぎ無いものとなっていましたが、この頃、ヤング( Thomas Young , 1773 - 1829 光の波動説( 1801) )が 光の波動説 を復活させて一世紀、2 人の相次ぐ提案は 光の粒子性 の片鱗をのぞかせることとなりました。

 光量子説が唱えられてから約 20 年後、光が電子によって散乱するコンプトン( Arthur Holly Compton , 1892 - 1962 コンプトン効果( 1923 )ノーベル賞受賞( 1927 ) )の実験で、光の粒子性が疑う余地のないものとなり、光が波動性と粒子性を兼ね備えた 二重性 をもつことが明らかとなりました。

 光が波動性と粒子性の二重性をもつなら、電子もこの二重性をもっているに違いないというド・ブロイ( Louis Victor de Broglie , 1892 - 1987 物質の波動説( 1923 )ノーベル賞受賞( 1929 ) )の提案を受けて、シュレーディンガー( Erwin Schrödinger , 1887 - 1961 波動方程式( 1927 )ノーベル賞受賞( 1933 ) )が電子の 波動方程式 を導き、量子力学の成立へと足早に進展しました。

 そして、電子の波動性を直接みる実験がなされ、ド・ブロイの予言が確実なものとなり、光や電子がもつ二重性が普遍的なこととして認められるに至りました。

 現在では、「電子や光は、波と粒子の性質を合わせもつ 」という量子力学(量子論)の基本原理は、科学技術においても、基礎科学においても、私たちの常識となっています。


光の正体

 光の性質についての研究は、すでにギリシャ時代に始まっています。紀元前 300 年頃、幾何学で名の知られたユークリッド( Eukleides , 330-275 B.C. 頃 )は著書「反射光学」の中で反射の法則を明らかにし、紀元 130 年頃にはプトレマイオス( Ptolemaios 100-178 頃 )は屈折の研究をし、入射角屈折角 の関係を求めていました。

 しかし、光について本格的な研究が始まるのは 17 世紀になって、特に、屈折望遠鏡が実用化されるようになってからです。ケプラー( Johannes Kepler , 1572 - 1630 「屈折光学」の出版( 1611 ) )は入射角と屈折角が比例するという、それぞれの角度が小さいときに成り立つ 屈折の法則 を発見しました。

 ケプラーを訪れたことのあるライデン大学のスネル( Willebroad Snell , 1591 - 1626 屈折の法則( 1921 ) )は実験から、大きな角度でも成り立つ一般的な法則、即ち、角度ではなくそれらの角度の正弦の比が一定となることを発見しました。

 2 つの媒質の 屈折率 を n1 , n2 とし、入射角、屈折角をそれぞれ θ1 , θ2 とする スネルの法則

   n1 sin θ1 = n2 sin θ2

のように表すことができます。

スネルの法則

 このスネルの法則は、デカルト( Rone Descartes 1596 - 1650 「屈折光学」の出版( 1637 ) )が「屈折光学」に表し、初めて世に出ることとなりました。

 光の伝播には有限の時間がかかると考えた人と瞬間に伝わると考えた人がいましたが、最初に 光速 が有限であることから生じる現象を指摘したのはデンマークのレーマー( Dene Ole Römer , 1644 - 1710 蝕の遅れを予想( 1676 ) )です。

 木星の衛星イオは公転中毎回木星の影に入り蝕になります。この周期が地球(観測者)が木星に近づくとき短く、遠ざかるとき長くなることを発見し、光の伝播に有限の時間がかかるからだと考えました。

 レーマーの考えはその後ブラッドレー( James Bladley , 1693 - 1762 光行差の発見と光速の計算( 1725 ) )によって公表されました。ブラッドレーは、半年の前後でわずか恒星の方向が異なる 光行差 が地球の公転運動によるものと考え、光速を求めました。

 これらの結果は天体観測から得られたものでありましたが、フィーゾー( Armand Hippolyte Louis Fizeau , 1819 - 1896 地上での光速の測定( 1849 ) )によって初めて地上(実験室)で光速が観測されました。

 現在では、真空中の光速は

   C = 299792458 [ ms^−1 ]

としています。そして、長さの単位を逆に、1/299792458 [ s ] の間に光が真空中を進む距離を 1 [ m ] と定義しています。

 光速のように物質などの個別の性質によらず、この宇宙で共通( universal )の値をもつ定数を 普遍定数 といいます。普遍定数には、ニュートンが導入した 万有引力定数 G 、量子力学を特徴付ける プランク定数 h 、電子などの 素電荷 e などがあります。

 オランダのホイヘンス( Christiaan Huygens , 1629 - 1695 ホイヘンスの原理( 1960 ) )は、光が波動であり、空気が音を伝える媒質であるように、光を伝える物質として エーテル ( ether : イーサーネットワークの語源)を考えていました。

(注:後にこのエーテル説はマイケルソンとモーリーの実験などで根拠となる事象が見つからなかったことからアインシュタインはエーテルは光に関係しないと説きましたが、ここでは当時の流れを追ってみましょう)

 ホイヘンスは波を起こす波源から媒質を振動させ広がっていった波は、波頭に対する 波面 での媒質の振動が新たな波( 素元波 )となって球面状に広がり、それぞれの波面の 包絡面 (曲面群の各曲面との接点で共通の接平面をもつ曲面を包絡面といいます)が新たな波面になると考え、これを ホイヘンスの原理 としました。(参考:「ミンコフスキーの話をする前に…(ホイヘンスの原理)」「光波の話」「音波の光波の比較」)

 音の場合、ついたての反対側からの音が聞えるのは、ついたてを迂回して音波が伝わるからであり、この現象を 回折 といいます。音の回折現象はホイヘンスの原理でよく説明できますが、光の場合は障害物の陰がくっきり出ます。これは、光は直進するからです。

 この 光の直進性 からニュートン( Isaac Newton , 1642 - 1727 「光学」の出版( 1704 ) )は 光の粒子説 を唱えました。(参考資料:>」「光波の話」の「フーコーの実験の裏話:ニュートンの「光の粒子説」VS ホイヘンスの「光の波動説」参照)

(注:ニュートンが考えたように、光が単純な粒子なら干渉が起こらないはずでありますが、ヤングが行った「光の干渉」の実験などによって、干渉縞がみられたことから、その後の学会では光の波動説が主流となり、アインシュタインが「光には粒子の性質もある」と考えるに至るまでは、光の波動説が常識となっていきます。)

 ホイヘンスは、物質の密度の高い媒質中では、波の伝播速度が 屈折率 に反比例していると考え、この原理でスネルの屈折の法則を説明しました。

ホイヘンスの原理

 即ち、異なる媒質の屈折率を n1 , n2 とし、平面波入射角 θ1 で境界面に当たるとし、境界面の点 A と B との長さを L とします。入射波の波面は 光線 に垂直であるから、A を含む波面と B を通る光線との交点を C とします。

 CB = d1 とすると ∠CAB は 入射角 θ1 であるから、 d1 = L sin θ1 となります。

 同様に、屈折角 θ2 で屈折した波の B を含む波面と A を通る光線との交点を D とすると、
AD = d2 = L sin θ2 となります。

 A に到達した波は下の媒質に球面波で広がります。真空中の光速を c として、入射波の波面が A から x 離れた境界面に達する時間は

  n1 x sin θ1 / c

となるから、 x にに比例した時間、遅れて境界面から下の媒質に速度 c/n2 で広がっていき、それらの素元波の包絡面は BD に平行な平面になります。

 結局、入射波の波面が B に達したとき、 A から広がった球面波の半径は

   d2 = nd1/n2 で、

   n2 L sin θ1 = n2 L sin θ2

となるので、スキルの法則が導かれます。

  一方、ニュートンは、粒子が屈折率の小さい物質から大きい物質に入るときに境界で垂直に加速され、屈折率に比例して速くなると考えました。境界面に平行な速度成分は変わらないので、

   υ1 sin θ1 = υ2 sin θ2

となり、スキルの法則が説明できます。波動説と粒子説では、媒質中の光の伝播速度が屈折率に反比例するか比例するか正反対の結論になります。


 ニュートンは、レンズの色収差をなくして望遠鏡の倍率を上げようと屈折の実験をしました。暗い部屋の窓に穴をあけ、穴から指し込む太陽光線をプリズムに通して屈折した光を反対側の壁に映し出しました。壁には虹の色が映りましたが、その色の広がりは、穴の光をそのまま反対側の壁に映った白色光の広がりより大きいことがわかりました。(参考資料:「プリズム」)

 ニュートンは、 は光の固有の性質であって白色光は異なる色が混ざっていると考え、プリズムで屈折したとき、屈折率が色によって異なるからであると結論付けました。このように白色光をいろんな色に分けることを 分光 といいます。(参考文献:「 光の分散」「分光器とスペクトル」)

 ニュートンがこれを決定的実験としたのは、プリズム 1 で分光したある色の光をコリメーターで選択し、プリズム 2 を通しても白色光のようには広がらなかったものだったからです。

 この一連の実験で得た結論を 1672 年にニュートンは公表しましたが多くの反論があり、その急先鋒が王立協会の実力者フック( Robert Hoole , 1635 - 1703 フックの法則( 1660 ) )でした。

 その後しばらく、ニュートンは色について言葉にすることはありませんでしたが、フックが死後、1704 年に「光学」を出版し、分光学 の創始者となりました。このようにプリズムなどで分光された光を 単色光 といい、強度分布を スペクトル といいます。


光の波動性

 光の粒子説は力学で得たニュートンの権威も借りて約 100 年間続きましたが、 1802 年のヤングが干渉の実験などから波動説が復活しました。それまでのホイヘンスの波動説は「波の伝播の原理」であって、そこには異なる素元波が干渉するという考えがありませんでした。

 これを、ヤングは「 干渉の原理 」を波動論の基本概念に加えました。この原理は量子力学においても状態の 重ね合わせの原理 として最も重要なものとなります。

 2 つの波が干渉によってお互いに強め合うか弱め合うかは、相互の 位相 によって決まります。

 波をスナップショットで見れば、高いところと低いところが 周期的 に繰り返しています。空間的に繰り返す周期を 波長 といい λ で表します(振動数は ν で表します)。

 簡潔化するらめに 1 次元の波動を考えてみましょう。波を特徴付ける物理量( 振幅 という)を ƒ とし、整数 n に対し

    ƒ ( x + λ ) = ƒ ( x + 2λ ) = …… = ƒ ( x + nλ ) = …… = ƒ ( x )

となるから、 0 ≤ x < λ の ƒ ( x ) の値から、すべての値がわかります。

 波が 伝播速度 υ で伝わっていくと、定点で観測すれば、時間的にその値が振動することになります。 x のプラス方向に進む波は、波形全体が υt で平行移動するので、 t = 0 の波形 ƒ ( x ) が時間 t とともに ƒ ( x − υt )と変化します。

 したがって、進行する波動はある定点では時間的に振動しており、その 周期 T は 波長 λ と
λ = υT の関係になります。また、振動数 ν とすれば、 νT = 1 から、 λν = υ となります。

 ある時間の 0 ≤ x < λ の値か、ある定点の 0 ≤ t < T の値かのいずれかが決まれば、すべての時間・空間の値もわかります。時間と空間を対等にするため無次元の変数 ζ = x/λ − t/T を導入すれば、 0 ≤ ζ < 1 の値が決まれば、時間・空間のすべてものもが決まります。したがって、ζ を位相といってもよいのですが。実際には 正弦波 または 調和振動

   cos 2 π ( x/λ − t/T )

を考えるので、位相を θ = 2πζ とし、角度そのものを 位相 と呼びます。 尚、量子力学では、位相という言葉が、非常に大切なものとして、また多様な意味で使われるので注意が必要となります。

 ヤングの干渉実験は、光源とスクリーンの間に。素元波の位置を制度良く決めるコリメーターとしてスリット S を置き、その後に中心がちょうど S からスクリーンに垂直な軸( 光軸 )にくるように、間隔が d の 2 つの平行なスリット( ダブルスリット ) S1 , S2 を置きます。

 ダブルスリットの中心とスクリーンとの距離を L とし、スクリーンに沿って光軸から距離 x 離れた点を P とします。距離 S1P および S2P をそれぞれ r1 , r2 とすると、ピタゴラス定理より

ヤングでピタゴラスの定理(a)

となります。波長 λ の単色光を使うと S1 からきた波と S2 からのものとの位相の差( 位相差 )は

ヤングでピタゴラスの定理(b)

となります。ここで、ダブルスリットの間隔 d はスクリーンまでの距離 L より十分小さい(例えば、 L が 1 [ m ] で d が 1 [ mm ] で 1000 分の 1 )としました。したがって、 2 つの波の振幅が同じであるとすれば、干渉によって

ヤングでピタゴラスの定理(c)

となります。定点の強度は振幅の 2 乗 4 cos^2 ( Δθ / 2 )であるので、Δθ / 2 が整数 n で 4 , 半整数 n + 1 / 2 で 0 になります。

 x が nλL / d のところで明るく、 ( n + 1 / 2 ) λL / d のところで暗い明暗の縞ができます。これを 干渉縞 といいます。縞の間隔を測れば、光の波長が測定できます。

 ヤングによって波動説が復活しましたが、それでもニュートンが粒子説の根拠とした 直進性 はまだ説明されていませんでした。後に、フレネル( Augustin Jean Fresnel , 1788 - 1827 光の回折( 1816 ) )やキルヒホップ( Guutav Robert Kirchhoff , 1824 - 1887 熱放射の法則( 1860 ) )らによって(ニュートンの粒子説の立場からではなく)波動説の立場から、異なる素元波の干渉を考慮することによって、大きい角度の回折はほとんど起こらないことが示されました。

 この際、波面や位相を主に考える 波動光学 ( wave optics )と光線を考える 幾何工学 ( ray optics )の関係が研究され、ハミルトン・ヤコビの力学など 回析力学 に活かされ、それらの研究の効果は、古典力学から 波動力学 への道のりを短くしました。

 スネルの法則の説明で媒質中の伝播速度が屈折率に、波動説では反比例し、粒子説では比例するという正反対の仮定でありましたが、フーコー( Juan Bernard L&egrabe;on Fouchault , 1819 - 1868 水中の光速の測定( 1850 ) )が水中での伝播速度を直接測り、高速が屈折率に反比例していることを明らかにし、波動説を支持しました。ニュートンの粒子説は光の直進性も波動説で説明でき、波動一元論に繰り込まれることとなりました。

 1815 年にフラウンホーファー( Joseph Fraunhofer , 1787 - 1826 暗線の発見( 1815 )、回析格子( 1821 ) )は色分解能の高いプリズムを作製し、分光された太陽光線の スペクトル にある特定の色がほとんど見えない 暗線輝線 があるのを発見しました。

 その暗線の中に、炎色反応 でのナトリウムの 輝線 と一致するものをみつけ、さらに 回析格子 を使って 576 本の暗線(輝線)の波長を測りました。

 この「輝線と一致するもの」とは、透明な炎に物質を白金線などにつけてかざすと炎がその物質特有の色となり、その着色した炎の光を分光すると線状のスペクトル(輝線)になる現象をさします。

 回析格子とは、平坦な金属やガラスの表面に等間隔に線状の溝を掘ると、溝に当たった光は乱反射しますが、残ったたくさんの筋状の表面で反射した光が特定の角で強め合い、その角度から波長が測れる光学装置をいいます。

 人の目で見える波長の光を 可視光 といいますが、それらの波長は一番短い紫の 380 [ nm ] から一番短い赤の 770 [ nm ] の範囲にあります。ナトリウムの橙色の輝線の波長は 590 [ nm ] にあたります。

 これらのフラウンホーファーの研究はキルヒホッフに受け継がれ、量子論への未知を開くこととなりました。



(...to be continue...)

 やっとなんとか終わりましたね…。黙々とすね作りしていた梵でありました。

 お題の都合上、本篇は長文となりましたが、続編となる次回の「光は電磁波」でも長文となることと思われます…(ぜぇ…)
posted by 梵 at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 量子力学の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

量子力学の話

 量子力学の説明は複雑で難しい…などといっていました梵でありますが、小十郎たちのおねだりにより、量子力学の話をはじめるとしました。

 宇宙物理学のさまざまなモデルや最先端を話すよりは楽といえば楽なのではありますが…。何しろ説明が込み入っていて、複雑で、数式が多いです…。まぁ、現代物理学よりは楽なのですが…。

 どうなりますかね…



▼量子力学について

 物理学が量子力学への未知を歩み始めて早くも 1 世紀を超えました。その発展と社会的貢献は目覚しく、今や現代科学技術の中核を支える学問として位置付けられます。

 例えば、レーザー、半導体等々、日常耳にする物質科学はもちろんのこと、ポストゲノムを筆頭とする生命科学からコンピューター、宇宙科学にわたる自然科学の最前線、エレクトロニクスなどの最先端技術に置いて、直接的・間接的に量子力学により(科学技術的な意味合いで)切り開かれた分野と領域の広さは計り知れません。

 それは、量子力学が光の認識と現代原子論の発展と相俟って確立されたもので、光の本性と物質の性質を決定する電子の振る舞いに関する基本法則であるからです。

 現代では、情報科学においてその可能性を一変させるような量子力学に基づく革新的アイデアも鋭意研究されています。代表的なものは量子コンピューターや医療技術促進のための機材や手法などが挙げられます。

 この現代科学技術の支える専門分野、ミクロの世界の法則を学び、その理解を深めることは、現代人としての知的な営みに大いに資するものだろうと考えられます。

 量子力学は何世紀にもわたる物理学や化学の研究結果と、それとあい矛盾する新たな発見との葛藤の上に生み出されてきました。また、ガリレオは「自然という書物は数字の言葉で書かれている」といいましたが、古典物理学に比べ、電子が粒子であり波であるというような、日常の直感と隔たりのある量子力学においては、数学はさらに重要な役割を果します。

 したがって、量子力学を学ぶには、化学の知識は元より、古典物理学や数学の基礎的知識をある程度必要とします、勿論、「理解」といっても、その学ぶ目的によっていろいろなレベルや立場があると思われます。

 今回新たに立ち上げた「量子力学」という本カテゴリーは、量子力学を日常的に用いる物理学者や電子工学者などを目指す人々を対象とするものではありませんが、単にお話程度に感触を得るだけのものでなく、専門科目の「自然の理解」として、量子力学の論理の構造と基本的応用について進めてまいりたいと思います。

 強いて言うなれば…。大学初年級程度の物理学(力学・電磁気学など)と数学(微分積分学、線形代数学など)の基本知識があれば、より理解しやすいものとなると思います。


 まず、量子力学に現れる基本的概念がどのように想起され、発展し、普遍的なモノになっていったかを歴史を踏まえていきます。といっても、文面だけの説明は始めの数回だけで、それ以降はそれ以前の物理学の導き方や数式が続出するようになります。

 量子の概念が生まれた当時、波動と考えられていた光が粒子性の片鱗をのぞかせ、約 20 年を経て光が波動性と粒子性の二重性をもつことが明らかになり、この二重性が電子ももつという発想の展開が、手探り状態にあった前期量子論の難問を解く鍵となって、量子力学は急速にその形を整える量子論的描像の相違(飛躍)が浮き彫りになり、両者の関係が明らかになって、量子力学全体の理解が深まると考えられます。但し、量子力学は重力だけが説明できません。しかし、その他は量子力学で説明できます。

 ついで、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式をもとに、その理論構造が位置や運動量などの物理を演算子(行列)で表していきます。これは従来の物理学では思いもよらなかった数学的表現によります。続いて、調和振動子や水素原子などの具体的対象を厳密に解いて基本的な手法を示して理解を深めるとします。さらに、一般の原子や分子が作られる機構、ミクロの世界の成り立ちとそれを探求する方法を示し、おしまいは、原子よりさらに深い自然の階層に位置する原子核の構造、それを構成する陽子や中性子、さらにこれらを構成するクォークなどにより基本的な粒子の世界をその発見の歴史をたどりながら垣間見るとします。

 また、これらの基本粒子の間に働く力とその力学をつかさどる法則を概説して、最後に現在の素粒子物理学の夢に触れられればいいですね…。



(...to be continue...)

 どうなりますことやら…。
posted by 梵 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 量子力学の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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