2006年06月20日

原子と分子:電子の配置

 前回の「原子と分子:原子の構造」の続きの話とになりますが、今回は原子と分子においての「電子の配置」についての話となります…。



電子の配置

 原子の中では、原子核が質量の担い手であり、電子が原子の化学的性質の担い手です。原子の中の電子の数は原子番号が大きくなるほど多くなりますが、それらの電子がみな同じ状態で存在しているわけではありません。


原子軌道

 電子が存在する状態を 原子軌道 と呼びます。ボーア模型の軌道に対応して「軌道の」語が使われますが、電子の姿はむしろ、「ある存在確率で雲のように広がったようなもの」です。これを 電子雲 と呼んでいます。

原子軌道

 電子雲の大きさや形は、量子力学によって導かれる原子軌道(オビータル)で決まります。 1s 軌道や 2s 軌道にある電子は原子核の周りに球状に存在しています。

 1s 軌道にある電子に比べて 2s 軌道にある電子は広い範囲に広がって存在します。また、 2px , 2py , 2pz と名付けた軌道にある電子は、原子核を原点とする直交座標の方向に広がって存在しています(この 3 つの軌道をまとめて p 軌道と呼びます)。

 このような電子の広がり方を 電子分布 と呼ぶこともあります。ボーアの模型の軌道は、原子核から電子分布が最も大きい場所への距離に相当しています。

 電子のエネルギーは存在している原子軌道によって決まり、その値を 軌道エネルギー といいます。原子核に近い軌道にある電子ほど原子核から強い引力を受けるので、エネルギーの低い安定な状態となります。

 軌道エネルギーは 1s < 2s ≦ 2p < 3s ≦ 3p ≦ 3d …の順に高くなります(エネルギーの低い状態にある電子ほど、原子の外に取り出すためには大きいエネルギーが必要となります)。

 電子の空間的な広がりや軌道のエネルギーの大きさがほぼ等しい原子軌道をまとめて分類して、それを原子殻( shell : シェル)と呼びます。原子核の近くにあるエネルギーの低い電子殻から、K 殻( 1s )、L 殻( 2s , 2p )、M 殻( 3s , 3p , 3d )と名付けられています。


電子配置

 原子番号 Z の原子の中にある Z 個の電子が、エネルギーの低い原子軌道に存在するほど原子は安定しています(低いエネルギーをもつ)が、Z 個の電子全部が最もエネルギーの低い 1s 軌道に存在できるわけではありません。

 1 つの原子軌道には電子が 2 個までしか存在できないという自然の原理があります。これを「パウリの排他原理」といいます。

 この原理によって、それぞれの電子殻に存在できる電子の数は、K 殻で 2 個、L 殻で 8 個、M 殻で 18 個です。

 一方、 2 個の電子が対( 電子対 )を作って一つの原子軌道に存在する方が、対をつくらない電子が 1 個ずつ存在するよりも原子は安定になります。

 したがって、原子番号 Z の原子では、Z 個の電子が 2 個ずつエネルギーの低い軌道から順に、Z/2 個( Z が奇数の場合は ( Z + 1 ) / 2 個)の原子軌道まで入っていると、その原子の最も安定な状態となります。

 各原子そのような電子の状態存在を 原子の電子配置 といいます。

原子配置

 K 殻、L 殻、M 殻…それぞれの殻に最大限の電子が配置されている状態を 閉殻構造 といいます。

 原子中の原子はエネルギーの低い殻から電子が入り、それが閉殻構造になると、次にエネルギーの高い殻に電子を配置していきます。電子が存在している最も外側の殻を 最外殻 といいます。


元素の性質

 原子の電子配置の表は、最外殻に存在している電子の配置が周期的に類似の構造となるようことを示しています。元素の性質の周期律は、この電子配置の周期性に対応して現れたものです。即ち、最外殻電子 (価電子ともいう)が原子の化学的性質を決めています。

 最外殻電子が 1 個の 1 族元素 H , Li , Na , K , Rb , Cs ( H を除きアルカリ金属という)は 1 価の + イオンになりやすく、イオン化エネルギーは低いものとなっています。

 これに対して、 18 族の原子 He , Ne , Ar , K , Xe (希ガス)は、殻構造の電子配置をもっているので非常に安定しており、電子を引き抜いて + イオンにするには、大きいエネルギーを要します。そのため、同じ周期の中ではイオン化エネルギーが最も高いものとなっています。


原子価

 最外殻が閉殻構造をもつ 18 族元素は、1 個の原子(単原子)として安定して存在し、他の原子と結合を作りません。

 最外電子の数は、1 族元素では 1 個、2 族元素( Be , Mg など)では 2 個、13 族元素( B , Al など)では 3 個、… 17 族元素( F , Cl など、ハロゲン元素という)では 7 個です。

 これらの電子の中には、電子対を作っていない電子( 不対電子 という)があり、外から電子 1 個を取り込んで 電子対 を作ろうとします。そのためには、不対電子をもっている他の原子と結合を作り、互いに空いての原子から電子を取り込んだ形になって、自らは閉殻構造となります。

 C , N , O , F 原子が H 原子と結合して、それぞれが閉殻構造を作りますが、このようにしてできる結合の数を、その原子の 原子価 といいます。

 C , N, O , F の原子価はそれぞれ 4 , 3 , 2 , 1 です。

 第 3 周期の元素 Si , P , S , Cl の最外殻電子配置も、それぞれ、C , N , O , F , と同じ最外殻電子配置をもっています。これが同族元素が同類の化合物をつくる(同じ原子価をもつ)ことの根拠です。

 H 原子は第 1 周囲の元素であるので 2 個の電子で閉殻構造となり原子価は 1 つです。

 最外殻電子の中には、すでに電子対をつくっているものがあります(孤立電子対という)。孤立電子対が 2 個の電子を提供して他の原子との間に結合をつくる特殊な例もありますが、普通は、孤立電子対は結合には関与していません。


(...to be continue...)

 次回は、「原子・分子の質量と物質量」についての話をします。
posted by 梵 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

原子と分子:原子の構造

 これまで『物質の話』で述べてきたように、原子とは「これ以上分割できないもの」を意味をもつ言語ではありますが、19 世紀の終わり頃から 20 世紀始めにかけて、原子にも構造があることがわかり、それによって元素周期の根拠が明らかになり、物質の理解が進みました。

 そこで、今回から数回に分けて、「原子の構造」について述べていこうと思います。



原子の構造


電子と原子核の存在

 原子に内部構造があることを、最初に実験的に示したのはトムソン( J. J. Thomson / 英 : 1856 〜 1940 )です。トムソンは真空管の中で放電が起こっていると期、マイナス( − )の電荷をもった軽い粒子が走っていることと、この粒子はすべての原子の中に存在することを明らかにし、この − の荷電子を「陰極線粒子= 電子 」と呼びました( 1903 年)。

 原子は電気的に中性であるから、原子の中に − 電荷をもつ粒子が存在すれば、+ 電荷をもつ成分も存在しなくてはなりません。

 1911 年、ラザフォード( E. Rutherford / 英 : 1871 〜 1937 )は、ガイガーとマースデンによってなされていた「金原子による α 線の回析」の実験結果を解析して、原子の中の + 電荷の担い手は、原子の中心にある大きさが 10^−14 m  程度の(原子の大きさよりも 4 桁も小さい)重い粒子であることを明らかにしました。これが 原子核 です。


原子模型

 「原子の中に − 電荷をもった電子がある」というトムソンの実験と、「原子の中心に + 電荷をもった原子核がある」というラザフォードの結論が示されましたが、原子の中に ± の電荷が電気的に合体せずに存在する理由が問題となりました。

 1913 年、ボーア( N. H. D. Bohr / デンマーク : 1885 〜 1962 )は、「原子は中心に + 電荷をもった原子核があり、その周りを − 電荷をもつ電子が一定の円軌道で回っており、特定の軌道を運動するときだけ電子は安定な軌道運動をする」という ボーア模型 を提案しました。

 これまでの理論上の流れによれば、電子と原子核の間のクーロン力が円運動の遠心力で釣り合って、原子核の周りの 10^−1 nm 程度の空間で運動を続けることは、電磁気学の立場から不可能でした(何故なら、加速運動する電荷は電磁波を放出して、エネルギーを失うからです)

 これを、ボーアは「安定な特定の軌道運動の存在」を仮定しました。

 ボーアの原子模型は、その後体系化された「原子の世界を支配する理論である量子力学」によって表現を改められましたが、模型そのものには、直感的でわかりやすく、原子構造の基本的理解に役立つことから、現在でも用いられています。

 下記に炭素原子のボーア模型を示します。

原子の構造(炭素のボーア模型)


原子番号と質量数

 原子は 1 個の球体ではなく、+ の電荷をもつ 陽子 と、電荷を持たない中性子からできていることが(後に)明らかになりました。

 原子を構成している粒子の電気量と質量を下記に示します。

《原子を構成する粒子の電気量と質量》
粒子(記号)電気量( C )質量( kg )
電子( e )−1.602177 * 10^−199.10939 * 10^−31
陽子( p )1.602177 * 10^−191.67262 * 10^−27
中性子( n )01.67262 * 10^−27


 陽子の + の電気量と、電子の − の電気量の値は等しく、これは電気量の最小量で 電気素量 といいます。

 原子核の中にある陽子の数( Z )が原子の種類を決めており、Z の値が 原子番号 となります。

したがって、 Z = 1 (陽子 1 個)の原子は原子番号 1 の水素であり、原子番号 6 ( Z = 6 )の炭素の原子核には 6 個の陽子が存在します。

 原子は中性であるから、各原子の中の電子の数は陽子の数に等しいものとなります。一般に電荷をもつ粒子を イオン といいますが、電子の数が陽子の数より少ない場合は「 +イオン」、多い場合には「 −イオン」となります。

 最初、原子番号はメンデレーエフが元素を質量順に整理して与えた番号でありましたが、原子の構造に基づく基本的な量であることが(後で)明らかになりました。

 上記の表に示すように、陽子と中性子の質量はほぼ等しく、電子の質量の 1836 倍もあります。

 したがって、原子核は原子の質量の担い手であり、陽子の数( Z )と中性子の数( N )との 和 A ( = Z + N )  は、原子の質量を示す指標となります。この和の A を原子の 質量数 と呼びます。

 原子には陽子の数 Z が等しく、中性子の数 N が異なる核種があり、それを互いに 同位体 (アイソトープ)といいます。

 原子の化学的な性質は電子の数とその状態によって決まるので、陽子の数 Z ( = 電子の数)が等しい同位体は、質量が異なるだけで化学的性質はほぼ等しいものとなります。

 したがって、同じ元素記号で表し、質量の違いを元素記号の左上に書いて区別します。

原子同位体の表し方

 ほとんどの元素には同位体が存在しますが、安定に存在する同位体は限られており、しかも、その中の 1 つの核種の存在量が大きいものとなっています。

安定同位体の存在比(%)



(...to be continue...)

 次回は、「電子の配置」についての話となります…。

posted by 梵 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月30日

元素の話(4)

 前回の「元素の話 (3)」の続きとなります、第4回目の元素の話は「元素の存在度」です…。



元素の存在度

 元素周期表にはすべての元素がまとめられていると述べましたが、各元素の存在量(元素存在度)には著しい差があります。例えば、元素周期表の中で、原子番号が 43 番( Tc )・ 61 番( Pm ) と 84 番以上の元素は、自然に壊変する原子(これを、放射性同位体といいます)だけであり、地上には極く微量にしか存在しません。但し、90 番元素( Th )と 92 番元素( U )は比較的多く、地殻中に 10^−4 %程度存在します。

 生物と生物ではない元素の存在度の比較の参考については、地殻を構成している元素の存在度の大きいものと、人体を構成している主要な元素示した資料を下記に示します。

  参考資料として:「地殻と人体の元素存在度

 古代から知られ使われていた金・銀・水銀などの金属は、存在度は極めて小さい(〜 10^−6 %)が地殻中に分散されず濃縮した状態で産出したために利用できたものであろうと考えられています。一方、存在度が大きいケイ素( Si )は石器やガラスとして、アルミニウム( Al )はミョウバンとして古代から利用されてきた元素でありますが、それらが元素として確認されたのは 19 世紀前半のことであり、それを純粋な物質として分解できたのはさらに後のことでした。これは、物質の取り扱い・その本質の理解が、自然の観察のみから得られるものではなく、様々な現象の理論的な考察や働きかけを得て得られることを示している事例の一つです。
posted by 梵 at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

元素の話 (3)

 先月の22日に腰椎の損傷(再発)をやってしまって以来、現在、床に耽っている梵であります。持病でどっぷりと寝込んでいる合間、合間のやっとの挙げとなりますが…。

 うーん…。予告から1ヶ月以上もあいてしまいましたか…。

 前回の「元素の話 (2)」の続きの話となります。


 
▼元素記号

 元素記号は原子の種類を表すための記号であり、化学の現象はこれを使って説明されます。すべてのものに名前があり、場合によっては略号や記号で表されるように、元素の名前や元素記号は、物質の話をするために必要な名前であり、記号であると言えます。

 今日使われている元素記号は、ベルセリウス( J. J. Berzelius :スウェーデン、1779〜1848)によって提唱されたものが使用されています。元素記号の多くは、その元素の古くからの呼び名・元素の性質・元素が得られた鉱物の名前や地域名などのラテン語やギリシャ語が関係するアルファベット 1 〜 2 文字で表されています。その例を下記に示します。

  参考資料:「元素の名前と元素記号の由来

 元素の表しかたについては、錬金術の時代にも物質を表す方法がとられましたが、共通性や汎用性を意図とした今日の方法とは若干視点が違い、それは秘密(技術力の機密性)を保持するための暗号として(技術の濫用や技術力においての情報漏洩等を恐れ、機密性を意図として)使用されていました。また、ドルトンが使っていた記号は、錬金術者が使っていた記号の名残をとどめ、円の中に文字や模様を書いたもので、古代の化学技術をそのままとどめていたという意味合いで、現代科学から見れば(比べれば)、合理性や発展性に乏しいものがありました。

 現在使われている元素記号は、世界共通の記号であり、世界各地の人々が同じ記号を使って、物質の世界を表現しています。元素の名前や物質の名前は各地の言語によって異なりますが、元素記号で表せば共通の理解を得ることができ、物質についての情報を迅速且つ正確に伝えることができます。

 それゆえに、物質世界の現象、さらに自然科学の現象は普遍的な現象であるが故に、共通の言葉を取り決め、それに従って表現することは極めて重要なことであります。

 物質を深く知るにおいては、当然、分子構造や物質の形成のされ方を学ぶことが極めて重要なことでありますが、分子式構造異性体 (分子の構造式)を深く理解するには、まず、この 元素の名前元素記号 を覚えなくてはなりません。そういう意味では、元素の名前と元素記号を学ぶことは、基礎中の基礎といえる必須学習課題です。



(...to be continue...)

 闘病中でのこのペースであると、次章がいつ更新できるかわかりませんが、次回は「元素の話」の最終章、「元素の存在度(量)」の話をします。
posted by 梵 at 01:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

元素の話 (2)

 前回の「元素の話 (1)」の続きの話です。

 前回のページで、メンデレーエフの「元素の周期律」について少しふれましたが、今回はその周期律についてふれてみたいと思います。



▼メンデレーエフの周期律の発見

 元素の周期表の原型は、1869年にロシア化学会第1回の集会で行われたメンデレーエフの報告です。この報告は、周期律の発見という大きい意味合いを持ちますが、偶然に発見されたものではなく、多くの化学者の発見によってそれまで蓄積されていた実験事実の整理から生まれたものです。

 ほぼ同じ時期にマイヤー( J. L. Meyer , 独、1830〜1895年)も同様な元素の分類を報告しています。これらのことについて、1869年という時代に周期律表が生まれる必然性があったことを、メンデレーエフ自身が後に行った講演の中で述べています。

 それによれば、元素の周期律が見出される背景として、次の4点が重要でした。

  1. 化合物中の構成元素の質量の比(当量)についての実験結果が蓄積されていたことに加え、分子(組成原子数)の概念が明確になり、原子量の値が決められたこと。


  2. 19世紀初頭以来、盛んに研究された有機化学で原子価(原子が何個の相手と結合するか)や同属列(化学組成や性質が似ている化合物を分類する)の考え方が発展したこと。


  3. 類似の性質をもつ元素の組には、原子量が大きく異なるものと近い値をもつものとがあると注目されていたこと( F ・ Cl ・ Br 等と Fe ・ Co ・ Ni 等)。


  4. 当時知られていた 63元素について、その性質や化合物についての実験事実が充分に蓄積されていたこと。


 以上、4点が挙げられます。

 メンデレーエフは元素をその質量の順に並べると性質に周期性があることに気付き、周期律として報告したのですが、その際、「原子量を決める方法は決まったが、個々の元素の原子量の値には問題が残っていて、元素の順番を変更する必要性や、未知元素の存在の可能性がある」と指摘し、さらに、周期律に基づいて未知元素の性質を予測しました。

 この論文が発表されてからわずか数年後に、その予測が実験で確かめられたことにより、「元素の整理分類などは単なる遊びである」と批判していた人も、周期表の意味を認めるようになりました。


▼元素周期表

 周期律に従って元素を分類し、表にしたものが「元素周期表」です。周期律は元素の性質の整理から経験的に見出されたものですが、元素がこのような周期律を示す理由、また、宇宙に存在するすべての元素がこの元素周期表に整理され、これ以外の元素は存在しない理由も明らかになっています。それについては、この章が終わってから次の章で述べます。

 それぞれの元素は、元素記号と呼びアルファベット文字1〜2字で表されています。元素周期表では、全元素が 7 行 18 列に配置されています。これは、元素がその性質によって 18 種類に分類され(その区分を「族」という)、縦(列)に並んでいる同じ族の元素は、同じ型の化合物をつくるなど、類似の化学的性質をもつことを示します。また、横(行)の並びを「周期」といい、周期が大きい(下の行にいく)ほど質量の大きい元素であることを示します。

 元素記号の数値は「原子番号」であり、その値は単に順序を表すものではなく、原子の構造によって決まる値です。

 元素周期表は、原子の性質を示し、原子の組み合わせによってできるすべての物質の性質の根拠となっているので、化学では常に参照される表となっています。



(...to be continue...)

 次回は「元素記号」の話になります…。
posted by 梵 at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

元素の話 (1)

 前回は物質世界の構成について話してきましたが、今回から元素について、数回に分けて話していこうと思います。今回は基礎的な元素の性質についての話です。



▼元素

 元素という語は、万物の根源という思惟の所産として与えられた言葉でしたが、17世紀後半には、これ以上単純なものに分けることができない「実態のある物質」に対して用いられ(ボイル)、19世紀の初頭には「固有の質量をもつ粒子(原子)」に関係付けられました(ドルトン)。現在では、元素とは「物質の基本単位である原子の種類」を示す言葉です。但し、この「物質の基本単位である原子の種類」とは、これを厳密に言えば、「物質の基本単位である同一原子番号を持つ原子の種類」となります。


元素と原子

 「元素」と「原子」は、しばしば同じ言葉のように使われていますが、正しくは次のような区別があります。原子」は物質を作っている最小単位で、物質の実体です。これに対して、元素」は特定の実体をさす言葉ではなく、同種の原子を纏めて示す包括的な用語です。

 従って、水分子( H2O )は2個の水素( H )原子と1個の酸素( O )原子とからできているといいますが、2個の H 元素と1個の O 元素とから成ると言うことはできません。

 実体がある物についてのみ1個、2個と数えることができます。しかし、同じ元素であればどの原子も全く同じ性質を持ち区別ができないために、同じ元素名と原子名、同じ元素記号と原子記号が使われています。


 17世紀になるまでに知られていた元素の数は11種類に過ぎませんでした。古代からかなり純粋な形で取り扱われていた元素は、金( Au )、銀( Ag )、銅( Cu )、水銀( Hg )、炭素( C )、スズ( Sn )、鉛( Pb )、硫黄( S )、鉄( Fe )、ビスマス( Bi )、亜鉛( Zn )です。但し、これは現在の意味での元素の認識ではありません。

 18世紀後半に化学変化の本質が明らかになり、物質の構成についての研究が積み重ねられたことにより、新元素が次々と発見され、その性質についての情報が蓄積されました。

 19世紀の中ごろには58種類の元素の存在が明らかになりました。元素の数が増えてくると「いったい元素は何種類あるのか?」という疑問とともに、それを整理分類する試みが始まりました。その中で、後に大きな影響を与えたのがメンデレーエフ( D . I . Mendeleev :露、1834〜1907年)の「元素の周期律」です。



(...to be continue...)

 次回は、「元素の周期律」の話です…。
posted by 梵 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

物質世界の構成

 原子のギリシャ語源は「 ατоμσ 」( α = 否定語、 τоμσ = 分ける)であり、「これ以上分割できない粒子」を意味しています。しかし、現在では、原子はさらに小さい粒子から構成されていることがわかっています。すなわち、原子は電子と原子核からなり、原子核は陽子と中性子からできています。陽子と中性子が安定な原子核を作るために、これらの粒子を結びつける働きをしている粒子( 中間子 )があります。

 一方、一定の原子が集まって分子を作り、分子や原子が多数集まって、私たちの体、手にする物体、地球、そして星や銀河が造られています。原子は 10^−10 m 程度の大きさ、即ち、1 m の 100 億分の 1 ほどに小さいものです。原子核はさらにその 10 万分の 1 で、10 ^−15 m 程度の大きさです。他方、地球の大きさは 10^7 m 程度、宇宙全体の広がりは 10^27 m 程度です。

 物質世界がこのような段階的な構成をしている理由の一つは、粒子が集まるエネルギーに関係しています。原子核を構成している粒子間に働いている相互作用は非常に大きく、原子核の変化は非常に大きいエネルギーを伴う現象であって、原子炉の中や高温の輝く星の中で起こっていますが、この穏やかな地球環境の中では殆ど起こりません。

 私たちが日常遭遇するのは、原子が離合集散し、分子が変化する現象です。私たちを取り巻く自然は、千変万化していますが、それは原子の組み合わせが変わることによるものであって、大部分の原子は生成もしなければ消滅もせず、姿を変えて循環しています。

 原子はいくつか集まって分子となり、それぞれの分子に特有の性質が現れます。同じ分子だけできている液体や固体、2種類以上の分子が集まった混合物など、原子・分子の集まりかたの違いによって多様な物質世界が生み出されます。

 さらに、一定数の分子が集まった分子集合体(クラスター)ができると、個々の分子にはない性質を持つようになります。近代化学は物質を要素に分けて理解する方法をとってきましたが、要素が集合して新しい機能が生まれる仕組みはまだ十分にはわかっていません。

 生物体も生体分子から構成されていますが、生命の機能が、なぜ、どのようにして現れるのかの詳細は21世紀の(そして、これから先も)大きな課題です。

posted by 梵 at 14:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

物質の探求と化学

 自然の観察と物質への関心から「この自然界を造っているものは何か」の問いが生まれます。古代ギリシャの自然哲学者は、実用的な技術を離れて自然現象の根底にある「実体としてのもの」について思索し、「万物の根源」を論じました。そして、物質世界の多様な現象が、少数の要素の組み合わせによって現れると考えて、その要素を「元素」と呼びました。

 この「万物の根源」という考えは、ギリシャだけでなく中国やインドなどの古代文明にも見られますが、いずれも多分に思弁的なものでありました。それらの議論に登場した「元素」は、もちろん現代の科学が捉えている元素ではありませんが、多様性に富む自然界が少数の根源的なものから成り立っていると考えた点は興味深いものがあります。現代の科学においても、自然界を統一する根源的な法則が要求されています。

 古代ギリシャの物質観の中で、私たちが手に取るすべての物体を分割していくと、それ以上分割できない粒子になるという考えが登場し、この粒子を原子と呼びました。「物質は原子という最小単位から構成されている」という考え方は、その時代には何らの実証もなく、「自然は連続でどこまでも分割できる」とする考えと対立したまま2000年ほど経ちましたが、後で述べるように、原子論は近代化学の展開に重要な役割を果たした考え方だったと言えます。

 近代科学は、古代ギリシャ科学の遺産をアラビア科学を通して受け取りました。アラビア科学とは、「イスラムによって征服された地域(東は中央アジアから西はスペイン南部、南はアフリカ北部)において8世紀後半から15世紀にかけて、アラビア語によって文化活動をした人々の科学」を言います。

 古代ギリシャの物質観は、紀元1〜3世紀頃に行われていた、合金や模造品を作る過程で得られた物質変換についての知識と結びつき、錬金術となりました。錬金術はギリシャの衰退後もアラビア科学に受け継がれて発展し、近代化学の基礎となった「実験手法」に大きく寄与しました。

 中世の錬金術で行われていたことは、卑金属を貴金属に変換することや、不老長寿や不老不死などを意図とした薬を得ることや、人造人間(クローン)を作るなど、現代の化学から見れば誤った物質変換の努力をしており、しかも当時名声を得ようとした人物がその秘法を著作し出版することもありました(その出版された著作物が現存し、教養番組で報道されている)が、その殆どは閉ざされた秘法の継承でもありました。

 かの物理学者であったニュートンも生命の探求のために当時流行っていた錬金術に手を出し、水銀中毒で体調を酷く害したことから、その研究を断念したという話は有名な話でもありますが、その間に蓄積された薬品についての知識・物質を取り扱う方法・考案された器具装置などは、「実証に基づく近代化学」の発展に重要な役割を果たしています。

 現在、化学で使われている言語に、アルコール・アルカリ・アルデヒド・アルキルなどアラビア語に由来するものがあるものは、その影響の大きさを示しています。

 実証と論理に裏打ちされた物質の理解が進んだのは18世紀後半のことです。天文学や物理学は16世紀から17世紀にかけて急激に発展しましたが、それに比べると近代化学の発展は約100年遅れて始まっています。このことは、目で見ることが出来ないものの存在を証明し、物質の本質を知ることの難しさを示していると言えるでしょう。

 17世紀後半、ボイル( R. Boyle :英、1627〜1691 )は物質についての知識を体系化しようと試みました。ボイルは定量的な実験の重要性を主張し、気体の法則(気体の体積と圧力の関係)を見出したり、「元素とはそれ以上単純な物質に分けることが出来ない物質」と定義するなど、近代化学への正しい方向付けをしましたが、物質辺かを理解するには至りませんでした。

 その後、100年近い間、化学変化の研究も数多く行われ、燃える・錆びるなどの現象の解釈を巡って実験と議論が繰り返されましたが、化学反応の本質を見通して、近代化学の基礎を固めたのがラボアジェ( A. L. Lavoisier :仏、1743〜1794 )です。ラボアジェは、精密な天秤を使用して反応前後の化合物の質量を測定し、その結果を論理的に考察することによって、化学変化の法則性(化学変化の前後で全物質の質量が変わらないという《質量保存の法則》)を見出しました。その後、定量的な実験によって、種々の物質の元素構成についての知識が蓄積されていきました。

 19世紀の初頭に、物質が単位粒子から成り立っていることを主張し、近代の物質観の基礎を築いたのがドルトン( J. Dalton :英、1766〜1844 )です。ドルトンは「すべての元素はそれぞれ決まった質量をもつ原子からできており、いくつかの原子が結合して化合物ができる」とする原子説を唱えました。これは「化合物に含まれている2種類の元素の質量の割合が一定である」という、当時知られていた実験事実を説明するのに適していました。

 現在では、物質は原子や分子という小さな粒子から成り立っていることを疑う人はいないでしょう。電子顕微鏡などの装置は、原子や分子の像を示してくれます。では、原子や分子とはどのような素性をもち、どのように振る舞い、物質世界を作っているのでしょう。それを探求する学問が「物質の化学=化学」です。

 19世紀の後半から20世紀にかけて、物質についての広範な研究が急速に進み、物質世界の構成が明らかになってきました。現代の化学では、宇宙から生命に至るまで、すべて物質が織り成す現象として捉えられています。 
posted by 梵 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

物質の世界

 自然界も、その中で生きている私たち自身も物質から成り立っています。物理学の理論上では私たちは四次元のミンコフスキー空間の中で存在し、人体構造の理論上で見れば、自らの肉体も物質で作られ脳という器官で認識や判断をして行動しています。宇宙理論や地球環境科学といった理論上でマクロで見れば環境から生かされ、化学や分子生物学といったミクロで見れば、私たちはさまざまな物質の中でさまざまな形で物質と関わり、生かされています。

 私たちの暮らしは認識上の上で「物質の世界」と密接に関係していますが、通常は「物質」を認識することなく(あるものをごく当たり前のように認識して)過ごしています。

 例えば、自然の景色を見て、広々とした青い海、荒涼と岩山、美しい花々、可愛い鳥などと表現しますが、そのような景色を見て、塩化ナトリウムが溶けている海水が広がっているとか、二酸化ケイ素を主成分とした岩山が聳えている…などと連想することはほとんどないでしょう。

 確かにこのような言い回しでは、自然の美しさも風情も感じられないだろうし、現実離れしていると感じるかもしれません。また、人によっては、自分の暮らしと何の関係があるのだろうと思うかもしれません。しかし、塩化ナトリウムも二酸化ケイ素も、私たちの生存や生活にとって大変重要な物質であり、それらを自然界から採取して私たちの暮らしが成り立っています。

 また、かのアッテンボロー卿のように、美しい花々を見て、これは植物の生存競争の戦略で甘い蜜を提供する変わりに、受粉してもらえるように誘っている、とか、そんな可愛い鳥たちも植物生存競争に利用されている、とか見てしまうのは、おそらく、生物学者気質ぐらいな者ぐらいであろうし、小料理屋でアンコウ鍋が出たときに、「豊富なコラーゲンだ♪」と認識したり、生きのいい海鮮食材を見て「これが食物連鎖だ」と自らが生態系の一部であることを認識し、それ(生物の死)によって自らが生かされるがために、自然の摂理に感謝して食する、などといったことは、昔はそれがごく当たり前の概念であっても、今や恵まれた環境でそれがあってごく当たり前となった現代では、忘れられた概念とも言えるでしょう。

 他方、「有害物質」という言葉が頻繁に使われるようになり、物質=有害物質という見方が広まってきれています。近年では《環境ホルモン》という生物には有害な人工化学物質が問題になってきています、しかし、生物体にとって必須の物質に有害な物質も、自然界(科学技術・化学技術)の法則に従って存在し、変化している点においては、その底辺は同等です。物質をよく理解することによってこそ、私たちは安全に生きる方法が見出せるのであって、それらの物質が始めから生物に対して全面的に安全性(文明上の安全保護の理念)を約束しているわけではありません。


 自然界には、きわめて多種類の物質があり、それが多様に変化しています。人々は古くから、この複雑な物質の世界に二つの面で積極的に関わってきました。第一は、自然界の物質を採取し、それをエネルギー変換して化学物質を作り、自分たちの生活のために利用する「化学技術」を創ってきたことです。

 第二は、自然界を造ってる「物質の本質」は何かを追及し体系化して、物質を理解してきたことです。このようにして得られた物質の理解はまた新しい化学技術を生み出し、人々の生活を変えています。

 技術としての化学については、例えば、古くは、木や油を燃やして光や熱を得る、果実や穀物を発酵させて酒を造る、地中の鉱物から金属を分解し道具を作る、植物や動物から薬を得る、等々、人間は自然界にある物質を利用するさまざまな方法を考え出しました。それらは、物質の性質や変化を観察し、物質に操作を加えてその応答を調べ、その結果から得られた知識を伝承し、集積した結果であり、それによって安全に快適に暮らす方法を獲得したものです。これらは、素朴な形態ではありますが、化学技術といえます。

 一方、化学技術の進展は、それぞれの時代の社会構造にも大きな影響を及ぼしました。人類の文明が、石器・銅器・青銅器・鉄器というように、使用できた物質によって区分されていることからも明らかです。より優れた道具や武器の使用だけではなく、金属の鋳造技術によって貨幣が造られ、経済活動が活発になったことなどにもみられます( BC 7 世紀以降)。使用できるようになった物質が人々の生活を変えてきたのは、古代のことだけではありません。現代の私たちの生活形態に大きな変化をもたらした情報通信技術の発達も、半導体や光ファイバー、青色ダイオードやナノチューブ、超伝導…などの優れた物質が得られた結果なのです。
posted by 梵 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。