2006年06月30日

閉鎖に関する重要なお知らせ

 先の「おしらせ」に関する重要なお知らせです。

 詳細は「おしらせ2」に挙げられているのでご参照ください。

 上記に挙げられていますように、今後、閉鎖は、ある意味延期されましたが、完全閉鎖に向けての流れとはなります。

 皆様、半年間でしたが、ほんとうに、ありがとうございました。
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2006年06月28日

現代経済学の話

 これで最後になるかもしれませんが…。

 そこは、元は経済学畑の梵であります。

 経済の考えかたについて、メディアや一般常識があまりに酷いようなので、(といっても、資源となる物の性質や構造を知らないからしかたがないのでしょうが)、大学過程の「現代経済学」についての基本的概念を簡単に説明します。

(因みに、トヨタやコカ・コーラーボトリングなどの大手企業はバブル崩壊時には逸早く社員をハーバード大学経済学部の修士課程を学ばせており、その後、追う様にして様々な企業が学びに留学させています。しかし、ここでは基本が大事ということで、基本をおさえます)



 現代経済学は経済学より進んだレベルで講義されます。達成目標の設定が必要と思われますが、現代経済学では、ミクロ経済学とマクロ経済学の両方を取り扱います。

 ミクロ経済学では、消費者と企業といった、個々の経済主体が合理的に行動します。その時には、あることをするかしないかを決める時に、それをすることによって得られる便益、それをする時にかかる費用とを比較して、するかしないかを決めるための経済学的考え方を習得する必要があります。

 マクロ経済では、政府がさまざまな経済製作を執り行います。例えば、インフレ整備を行ったり、公共投資を増やしたり、金利政策、公定歩合を上げたりといったことなどが行なわれますが、その時にどのような理論からそのような政策がとられたのか、という理論についての最小限度の理解が必要です。

 現代経済学の大学レベルの過程では、経理とは違い、人の好嫌の流れで読むといった一般的な経済とも違い、それはあたかも生物学且つ物理学のような振る舞いに、さも数学なグラフや微分方程式がどんどん出てくるわけなのですが…。

 経済学とは何か、経済で取り扱いことなど、ざっと基本的な概念を挙げていけば、次のようなことがあげられます。

 基本中の基本として、大学レベルの現代経済学では「資源配分問題」が先ず挙げられます。これは、「誰」が「どのようにして」、「誰のために」、「生産配分するか」ということを決めなければなりません。これを 資源配分問題 といいます。

 即ち、「誰」が「どのような生産技術を用い」て、「どの資源」を「いくら使って」、「何」を「何単位」ほど「生産する」のか。そして、「生産された物」を「消費者」や「企業」に、それぞれ「何」を「どれだけ割り当てるのか」を決める必要があります。これが資源配分問題です。

 例え、ロビンソン・クルーソーのように、孤島に流されたとしても、まず、生きていく上で、生産計画が必要になります。24時間のうちに、「救助船の発見」「安全の確認」「住居・衣類」「食糧確保」などを獲得しなければならなければなりませんが、これも「生産計画」と呼ばれるものです。

 「何時間」ほど「何」を獲得するために働き、食糧を確保するための生産計画が必要になります。

 生産計画にのっとって食糧が手に入ったとします。今日は何をいくら食べ、将来のためにどれだけ残しておくのか、腐れたり、取られたりしないように、消費貯蓄計画を立てる必要があります。何故なら、病気になったり、その日食糧が確保できなくなることがあるからです。

 一人の場合は自己生産計画ですみますが、もう一人現れたとすると、それまで想定以外の事柄が増えてきます。共存できるのかできないのか、一人増えたことで大きな力が出せるかもしれませんし、同じ仕事で生産量が上がるのかもしれませんし、分担して生産量を上げるのかもしれません。或いは、得意分野がそれぞれ違っているのかもしれませんし、そうなると、これまで一人の時には考えられなかった、まず、資源配分問題が出てきます。

 その資源配分問題とは、二人で共同で生産してきた物どのようにして二人で分けるのか、、或いはそれぞれに生産したものをどのような比率で分けるのか、を決める必要があります。

 つまり、生きている限り、どこでも出てくる話なのです。


 人間は社会を形成することによって生存力を確保して、そして共有と分業によって生産力を上昇させてきました。しかし、資源には限りがあり、財物に関する人間の欲望を満たすに限りがあります。

 したがって、どのような時代であれ、どのような社会であれ、資源配分を解く必要があります。

 資源は私たちにとって役に立つ物です。この資源には、ガス油田や石炭・石油などから生産するエネルギー資源だけではなく、衣類や食器、道具や雑貨
などの物資の材料となる生産資源、生産技術も資源にあたり、衣食住といった(生物を原料とした食糧を含む)消費資源です。空気・水といったものも資源であると考えられます。

 資源が貴重であると言うことは、その存在量に比べ、私たちの欲求が大きいため不足していることにあります。

 第二次大戦後の経済学の理論的指導者だったサムエルソンという米国の経済学者がいますが、彼が出版した「エコノミー(経済学)」という教科書の中に希少性について次のように説明されています。

 「希少性=欲求/存在量」と解きます。

 ある希少性は、資源の存在量とそれに対する欲求の比率である、というものです。



 因みに、2005年、国連統計資料では、「世界の総人口: 64億6475万人」と出ていますが、実際には届に入れられていないこともあるのも考えれば 65億 は超えているのかもしれません。

 これに対し、 5 月 4 日に報告された 2006 年度のレッドリストによれば、1 万 6119 種の動植物が絶滅の危機にさらされているという報告があり、私たちにはお馴染みのシロクマや、カバ、サメ、エイも絶滅危惧種と認定されました。(これには地球温暖化や人工的な自然環境破壊や汚染などの原因も含みます。)

 私たち人間は生物を食して生き長らえています。

 いくらお金の流れだけをみても、資源というコンテンツがなければ成り立ちません。金融や株といっても、生産力がある企業がなければ成り立たないので、この部分を見ないと経済がわからないわけですが、それより、何よりも人が生きていくには衣食住の消費資源、特に食糧は何よりも必要です。

 食糧不足のときはいくら金があっても食糧が手に入らない、なんて、戦中戦後にあった話ですが、今度は温暖化や人為的な環境破壊や環境汚染、乱獲で、食糧が手に入らなくなるのかもしれません。

 64億6475万人の世界総人口の欲求を満たそうとした場合、地球資源が持ちません…。

 一般的に報道や経済のコメントなどを見る限り、上記に挙げたここを誰も見ようとしません。これまでの経験値だけの判断で、金の流れしか考えなかったり、一部分の見解だけのものであったりすることが多いですが、なんです…。

 上記に挙げた現代経済学は、東京経済大学教授の賀川昭夫教授による「資源配分と市場経済」についての講義の中で出てきた話です。

 これについて、地球環境といった物理的な意味で危機感をもっているのは、梵以外に、科学者ぐらいのものであるようです。少なくとも、これまでの経験上の知識だけでは対応できなくなります。何故なら、先々地球環境において生存危機にさらされるからです。だから、地球環境を研究する学者も一部の大手企業も必死で、対応しようと努力しています。


 北朝鮮ミサイル問題については、食料となる海洋生物を無闇に殺すのは、それだけ食糧資源がなくなるわけですから首をしめるだけです。

 G8 で地球温暖化問題を取り上げたとしても、どの国も、所詮、自己利益しか考えないのかもしれません。

 近いうちに、この地球には現在の生物はいなくなるのかもしれませんね…。



### 関連する試料として ###

論議
中国の環境問題
G8と気候変動:氷山のティッピング・ポイント

 メディアでは中国が美化されていますが、実は、中国の政治家がさもおりこうそうに言うほど、そんなに簡単なものではないのです。

中国におけるエネルギー問題と環境問題
中国のエネルギー計画立案者たち
アジアにおけるエネルギー消費構造と地球環境影響物質排出量
「石炭は万能」なのか!?
ものは考えよう‐知識と技術は身を助ける
中国における貴陽市の取り組み(インフラ整備)

 因みに原油高になると、車両燃料だけでなく、電気量も高くなります。それを原料としている製品も高くなるのですが、原料自体がコスト高になるために市場提供への値段が上がり、企業にも消費者にも圧迫するとった、これも知らない経済コメンテーターが多いようです。

 まぁ、日本じゃ、これまでの営業規定上、どの家庭にも電気を届ける決まりがあったために、エネルギー産業は(高度な技術を持っていることから生産率が高く)安定して運営されているので、金さえ払えば(水や空気のように)あって当たり前と思っている人が多いのでしょうがね…。

 …と、やはり、最終的には、自然科学(幾分理工)で〆てしまう梵なのでありました…。
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2006年06月26日

化学における原子論

 さて…。いよいよ、梵がボルンに現代物理学しましょうかね…。

 本日は、記念すべき第1回目、『気体分子運動論』より、「化学における原子論」の話をします。



化学における原子論

 現在の物理学においては、エネルギーと物質の概念が極めて密接に原子論と結びついています。そこで、原子についてのさまざまな考え方がどのようにして起こって来たかを簡単に示していきます。

 これらの考えの起源が化学にあることはよく知られています。化学反応で変化する物質の質量を精密に天秤で測るときに容易にわかる簡単な規則性を説明しようとすれば、必ず原子に関する考えが浮かんできます。

 まず、ある反応の前後で全体の重さが変わらないことがわかります。

 第二には、物質は一定の簡単な比例関係を示す重さで示す重さでしか結合しないことです。

 したがって、ある一定の重さの物質は第二の物質の一定の重さとしか反応しません。そして、これらの重さの比例は外的条件――例えば、 2 つの物質がどんな重さの割合で混ざっていたとしても――には無関係です。

 以上のような規則性を科学者の言葉でいえば、定比例の法則 および 倍数比例の法則 であります(ブースト Proust. 1799 / ドルトン Dalton. 1808 )。

 例えば、
1 グラムの水素は 8 グラムの酸素と結合して 9 グラムの水を作る。

1 グラムの水素は 35.5 グラムの塩素と結合して 36.5 グラムの塩化水素を作る。

倍数比例の法則の例は窒素と酸素との化合物で説明できます。

 即ち、7 グラムの窒素は、
1 * 4 グラムの酸素と結合して、 11 グラムの 亜酸化窒素

2 * 4 グラムの酸素と結合して、 15 グラムの 酸化窒素

3 * 4 グラムの酸素と結合して、 19 グラムの 無水亜硝酸

4 * 4 グラムの酸素と結合して、 23 グラムの 二酸化窒素

5 * 4 グラムの酸素と結合して、 27 グラムの 無水硝酸
 となります。

 気体の場合には、簡単な法則が反応物質の重さについてだけでなく、その 容積 についても成り立ちます(ゲイ・リュサック Gay-Lussac. 1808 )。

 即ち(一定圧のとき)、
容積 2 の水素は容積 1 の酸素と結合して容積 2 の水蒸気を作る。

容積 1 の水素は容積 1 の塩素と結合して容積 2 の塩化水素を作る。

 これを化学方程式で表すと次のようになります。

2 H2 + O2 = 2 H2O ,

H2 + 2 O2 = 2 HCl .

 および

2 N2 + O2 = 2 N2O ,

2 N2 + 2 O2 = 4 NO ,

2 N2 + 3 O2 = 2 N2O3 ,

2 H2 + 4 O2 = 4 NO2 ,

2 N2 + 5 O2 = 2 N2O5 .

 これらのことは、アヴォガドロ Avogadro によると次のように説明できます。

 すべての気体は、原子あるいは分子といわれるたくさんの粒子からなっています。そして、等しい容積の気体はすべて、同温同圧のときは同数の分子を含んでいます。

 化学反応の法則と関係しているこの原理の意味は、上の例で示すことができます。

 例えば、容積 2 の水素が容積 1 の酸素と結合して容積 2 の水蒸気になるという事象は、水素の 2 分子が酸素の 1 分子と結合して水蒸気の 2 分子を作るということと同等です(アヴォガドロ 1811 )。

 同様に、重さ 1 の水素が重さ 8 の酸素と結合して重さ 9 の水を作ることは、酸素 1 分子は水素 2 分子の重さの 8 倍であり、水 2 分子は水素 2 分子の 9 倍の重さであることを意味しています。

 このようにして私たちは、物質 1 分子および 1 原子の重さで夫々あらわす 分子量 および 原子量 の考えに到達します。これらは、グラムで測られるのではなく、原子量を 1 とおいたある標準(理想)気体に対して測られます。

(理想化された標準気体と重さには、H = 1 ではなく、O = 16 を定義する方が実際と一致すること、水素には重い同位元素が存在するため、好都合であることから、原子量を 1 とおいた、あるあらかじめから理想的なある標準気体に対して測られます。)

 このようにして測った分子量を μ で表すことにします。

 重さが μ グラムである物質のその量を 1 モル といいます(これは物質がたとえ化学的意味でそん竿しなくてもそういいます)。故に酸素原子 1 モルは 16 グラムでありますが、酸素分子 1 モルは 32 グラムです。

 モルのこの定義から、「 1 モル」の気体は常に同数の分子を含んでいます。この、モルあたりの分子の個数が気体分子運動論では重要な役割を演ずることになります。

 それを最初に決定した物理学者ロシュミット Loschmidt ( 1865 )に従って L で表します。これは科学的命名法の慣例にならい「ロシュミット数」というべきものでもあります。これは、ドイツの文献で用いられる言語ですが、他の言語では アボガドロ数 といい、その値は
L = 6.02 * 10^23 / モル
 です。


 さて、ここで「うっ…忘れてしまったよ…」といった人のために、物理学 IB ・Uからのものを引用しておきましょう。このモルは、物の個数を数えるのにダースという単位を使うように、分子や原子を数えるにはモルを使います。即ち、
1 グラム分子の中の数 、或いは 1 グラムの中の原子の数

   N0 = 6.02 * 10^23 個

です。この数 N0モル分子数 或いは アボガドロ数 といいます。

 この数、6.02 * 10^23 個の集団1 モル ( 記号 mol ) とよび、分子や原子などの集団の単位(物質の量単位) に用います。即ち、

   1 mol = 6.02 * 10^23 個の集団
 1 グラム原子は、原子量にグラムをつけた質量です。原子量 1 の原子 1 個の質量を単位にとり、これを 1 原子質量単位 といい、amu (或いは u で示します。

 分子や原子の大きさについては、甚だ小さいので、オングストローム Å を単位として表します。
1 Å = 10^−10 m ( = 10^−8 cm )

 アボガドロの法則では、「同温・同圧気体 は、その種類に関係なく同体積 の中に、同数分子含む 」ことと、実験から次のことが導かれます。
1 モルの気体分子 は、どの気体も、0 ℃ , 1 気圧 において、22.4 l体積占める
 尚、モル分子数 N0 を求める方法には、ファラデーの法則を用いて、実験より精密にファラデー定数 F の値を求め、これとミカリンの実験から求めた電子の電気量 e とから、モル分子数 N0 を N0 = F / e から算出し、他の種々の方法から求めた N0 の値から、 N0 の値を決定する方法もあります。(しかし、ここでははじめの過程であるので参考としてのみ振れるだけとします)

(* 現代物理学の気体分子運動論ではアボガドロ数をロシュミットに従って L で表します。)


 アボガドロの法則によると、1 モルの気体はある与えられた圧力および温度のもとで同容積を占めます。例えば、水銀柱 760 mm の圧力、温度 0 ℃ では気体の容積は、 22.4 l です。

 ここで、これから出てくる記号の説明を加えます。 m がグラムで表した分子の質量であるときは、 μ = Lm です。

 特に、水素原子では、 μ が大体 1 であるから、 LmH = 1 です。 mH は水素原子の質量をあらわします。さらに、n が単位容積中の分子の個数をあらわし、N が容積 V の中の個数をあらわし、そして、 ν が容積 V の中モル数であるならば、νL = nV =N です。最後に、 p = nm で気体の密度を、 V = 1 / ρ でその比容積を夫々あらわします。



(...to be continue...)

 今回は一般教育機関過程の理工物理学のものまで引っ張り出して示してしまいましたが、如何でしたでしょうか…A(^-^;

 化学における原子論についての準備が終わったので、次回は「気体分子運動論の基礎的仮定」についての話をします。

ボーア運

 小十郎はボーア運について述べていました。
小十郎占い:ボーア運絶好調

*上記の引用文面はBlogPetの政景がボーアしたものをボーアしたものでしょう。

小十郎占い監修:小十郎
 *下記の文面は、現代物理学に梵がボルンしたものをボルンしてもいいのですけどね…。


 蛇足ではありますが……。

 ボルン式の現代物理学といえば、理工学的に簡潔に説明されてあり、ある意味では量子力学よりはえらくスッキリしているのですが、基礎知識がないと非常に難解な展開をしています。

 梵の場合は、理工系の参考書で基礎をつけたのでボルン式は入りやすかったりします。

 だけど、実際の量子力学はそんなに簡潔ではなく、えらく面倒なのですよね…。

 量子化学となれば、さらに面倒であるし…。

 まぁ…。慣れればなんて事はないのでしょうが…。
posted by 梵 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

生物と物理

 うぅぅん…。小十郎は唸っております。

 なんです…。どうしちゃったんでしょうね…。

 小十郎は次のような一言と俳句を残していました。
小十郎の一言:うぅ…

構造に 循環される 酵母かも

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 久々の「げのむ・げのむ…」なすねを挙げました梵であります。

 ポストゲノム到来以来、どこぞでゲノム宗教振興者と批難されていた梵でありますが、ヒトゲノム解読以来、2003 年度でゲノムを底辺にした生物学になってからというものの、基礎科学や教育学科が楽しくて楽しくてしょうがない梵であるのですが、教育過程における話によれば、物理学より容易度である生物学が「難しい、難しい」と悩んでいる学生が多いことに驚いた、と、とある教授がぼやいていました。

 ゲノムや分子レベルの生物学は知識の枝葉をたくさんつけると、覚えやすく、とても楽しくなります…。

 実際あげると、たのしいでしょ…?

 もう気がついたと思いますが、分子レベルの生物学は、化学と物理学の知識が必要です。これに、理工の知識があれば、もっと脳内で繋がりやすくなります。

 生物を分子レベルで扱うと、化学の知識が必要となるのですが、化学を扱えば物理学の知識が必要となってきます…。

 以外と専門家でも見落としやすいのが、生物学の分子のそれは、物理学でいう分子のそれと同じで、イオンチャネルのそれは、物理学の電気のそれと同じです…。

 覚えにくければ、医学なんかの体構造と組み合わせたり、機械物と組み合わせて考えるのも、脳内で繋がりやすいです…。

 知識が増えれば増えるほど、楽しくなってしまうのであります…。


 小十郎は化合運について述べていました。
小十郎占い:化合運よさそう

この化合イオンになりやすい性質を「化合性」という。

小十郎占い監修:小十郎
 物質の化学すねに振動を示した模様の小十郎であります…。

 物質の化学は、生体に関係する生化学と物理学に関係する化学がありますが、教育機関での過程では、物質の化学として、テーマごとに分類して説明していきます。

 最近の大学過程では、まず、はじめに物質の化学をやってから量子化学なんてのがあるわけですが、普通の物質の化学でも物理学寄りで、やはり物理学の基礎知識が要るわけですが、普通の物質の化学が化学式が主であるのに対し、量子化学になれば、物理学の方程式が登場し、実際に計算するところがよく出てきます…。

 まぁ、そのあたりは、現代物理学と重なるところなんでもあります…。

 量子化学の場合は数式や表で面倒になるわけですが、物質の化学でも試料作成が面倒なくらいに時間がかかるので、少しずつあげしている梵でありました…。

 実は物理すねについてはその編集にまだ終わってない梵なのであります…。
posted by 梵 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

原子と分子:電子の配置

 前回の「原子と分子:原子の構造」の続きの話とになりますが、今回は原子と分子においての「電子の配置」についての話となります…。



電子の配置

 原子の中では、原子核が質量の担い手であり、電子が原子の化学的性質の担い手です。原子の中の電子の数は原子番号が大きくなるほど多くなりますが、それらの電子がみな同じ状態で存在しているわけではありません。


原子軌道

 電子が存在する状態を 原子軌道 と呼びます。ボーア模型の軌道に対応して「軌道の」語が使われますが、電子の姿はむしろ、「ある存在確率で雲のように広がったようなもの」です。これを 電子雲 と呼んでいます。

原子軌道

 電子雲の大きさや形は、量子力学によって導かれる原子軌道(オビータル)で決まります。 1s 軌道や 2s 軌道にある電子は原子核の周りに球状に存在しています。

 1s 軌道にある電子に比べて 2s 軌道にある電子は広い範囲に広がって存在します。また、 2px , 2py , 2pz と名付けた軌道にある電子は、原子核を原点とする直交座標の方向に広がって存在しています(この 3 つの軌道をまとめて p 軌道と呼びます)。

 このような電子の広がり方を 電子分布 と呼ぶこともあります。ボーアの模型の軌道は、原子核から電子分布が最も大きい場所への距離に相当しています。

 電子のエネルギーは存在している原子軌道によって決まり、その値を 軌道エネルギー といいます。原子核に近い軌道にある電子ほど原子核から強い引力を受けるので、エネルギーの低い安定な状態となります。

 軌道エネルギーは 1s < 2s ≦ 2p < 3s ≦ 3p ≦ 3d …の順に高くなります(エネルギーの低い状態にある電子ほど、原子の外に取り出すためには大きいエネルギーが必要となります)。

 電子の空間的な広がりや軌道のエネルギーの大きさがほぼ等しい原子軌道をまとめて分類して、それを原子殻( shell : シェル)と呼びます。原子核の近くにあるエネルギーの低い電子殻から、K 殻( 1s )、L 殻( 2s , 2p )、M 殻( 3s , 3p , 3d )と名付けられています。


電子配置

 原子番号 Z の原子の中にある Z 個の電子が、エネルギーの低い原子軌道に存在するほど原子は安定しています(低いエネルギーをもつ)が、Z 個の電子全部が最もエネルギーの低い 1s 軌道に存在できるわけではありません。

 1 つの原子軌道には電子が 2 個までしか存在できないという自然の原理があります。これを「パウリの排他原理」といいます。

 この原理によって、それぞれの電子殻に存在できる電子の数は、K 殻で 2 個、L 殻で 8 個、M 殻で 18 個です。

 一方、 2 個の電子が対( 電子対 )を作って一つの原子軌道に存在する方が、対をつくらない電子が 1 個ずつ存在するよりも原子は安定になります。

 したがって、原子番号 Z の原子では、Z 個の電子が 2 個ずつエネルギーの低い軌道から順に、Z/2 個( Z が奇数の場合は ( Z + 1 ) / 2 個)の原子軌道まで入っていると、その原子の最も安定な状態となります。

 各原子そのような電子の状態存在を 原子の電子配置 といいます。

原子配置

 K 殻、L 殻、M 殻…それぞれの殻に最大限の電子が配置されている状態を 閉殻構造 といいます。

 原子中の原子はエネルギーの低い殻から電子が入り、それが閉殻構造になると、次にエネルギーの高い殻に電子を配置していきます。電子が存在している最も外側の殻を 最外殻 といいます。


元素の性質

 原子の電子配置の表は、最外殻に存在している電子の配置が周期的に類似の構造となるようことを示しています。元素の性質の周期律は、この電子配置の周期性に対応して現れたものです。即ち、最外殻電子 (価電子ともいう)が原子の化学的性質を決めています。

 最外殻電子が 1 個の 1 族元素 H , Li , Na , K , Rb , Cs ( H を除きアルカリ金属という)は 1 価の + イオンになりやすく、イオン化エネルギーは低いものとなっています。

 これに対して、 18 族の原子 He , Ne , Ar , K , Xe (希ガス)は、殻構造の電子配置をもっているので非常に安定しており、電子を引き抜いて + イオンにするには、大きいエネルギーを要します。そのため、同じ周期の中ではイオン化エネルギーが最も高いものとなっています。


原子価

 最外殻が閉殻構造をもつ 18 族元素は、1 個の原子(単原子)として安定して存在し、他の原子と結合を作りません。

 最外電子の数は、1 族元素では 1 個、2 族元素( Be , Mg など)では 2 個、13 族元素( B , Al など)では 3 個、… 17 族元素( F , Cl など、ハロゲン元素という)では 7 個です。

 これらの電子の中には、電子対を作っていない電子( 不対電子 という)があり、外から電子 1 個を取り込んで 電子対 を作ろうとします。そのためには、不対電子をもっている他の原子と結合を作り、互いに空いての原子から電子を取り込んだ形になって、自らは閉殻構造となります。

 C , N , O , F 原子が H 原子と結合して、それぞれが閉殻構造を作りますが、このようにしてできる結合の数を、その原子の 原子価 といいます。

 C , N, O , F の原子価はそれぞれ 4 , 3 , 2 , 1 です。

 第 3 周期の元素 Si , P , S , Cl の最外殻電子配置も、それぞれ、C , N , O , F , と同じ最外殻電子配置をもっています。これが同族元素が同類の化合物をつくる(同じ原子価をもつ)ことの根拠です。

 H 原子は第 1 周囲の元素であるので 2 個の電子で閉殻構造となり原子価は 1 つです。

 最外殻電子の中には、すでに電子対をつくっているものがあります(孤立電子対という)。孤立電子対が 2 個の電子を提供して他の原子との間に結合をつくる特殊な例もありますが、普通は、孤立電子対は結合には関与していません。


(...to be continue...)

 次回は、「原子・分子の質量と物質量」についての話をします。
posted by 梵 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 物質の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

物理すね

 小十郎は次のような一言と俳句を残していました。
小十郎の一言:いいでき

あの理論 利用するのは 基本かな

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 すねの後挙げしたものに対しては、お墨付きをもらった梵であります…。

 しかし、見た目上のもんだいからか、小十郎は情報運について次のように述べていました。
小十郎占い:情報運停滞中

情報がある人物には、それだけ利益があるのが道理だと考えるヒトもいるでしょう。

小十郎占い監修:小十郎
 即ち、情報がある人物には、それだけ情報を得るのが道理だと考える BlogPet もいるってことでしょうかね…。

 確かに埋もれるほど情報はあるんですけどね…。

 我家のメンテナンスの都合上、と、梵の抱えている持病の都合上、6 月末までは厳しいかもしれません…。
posted by 梵 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

宇宙科学理論での試み

 前回の「ビックバン以前の宇宙」の続きとなりますが、今回は、《時のはじまりはいつだったか》を考察するに過程で、「宇宙科学理論での試み」 についての話をします。

 これまでに引き続き、下記の参考文献や、梵がそれまで蓄えてきた情報をもとに進めていきます…。
blockquote>参考文献:
日経サイエンス 2004 年 8 月号 
別冊日経サイエンス『時空の起源に迫る宇宙論』
「時の始まりはいつだったのか―ビックバン以前の宇宙」
原題名 The Myth of the Beginning of Time
( SCIENTIFIC AMERICAN May 2004 )
監修:前田 恵一
訳者:鳥居 隆
筆者 Gabriele Veneziano(欧州合同原子核研究機構) 
 何分、多忙なスケジュールであるため後日編集してあげる予定にしています。

 お楽しみに…。



▼時空の特異点を回避するに…

 科学理論上での考察においては、時空特異点が避けられないというのは深刻な問題であるといいます。

 宇宙は巨視的に見ると非常に対称性が高く、「一様等方」とよばれる性質をもちますが、これは時空特異点があったという考えとは合い入れぬ考え方です。

 宇宙が広い範囲にわたって似たような姿をしているからには、遠く離れた領域の間でも何かしらのやり取りが行なわれ、性質をそろえるような過程があったはずだ、とヴェネツィアーノはいいます。

 話をわかりやすくするために、どの背景にある暗黒の宇宙から飛んでくるマイクロ波、宇宙背景放射がビックバンかの 37 万年後に発してから現在までの 137 億年間に、宇宙がどのような進化をしたかを見てみましょう。

 この間、宇宙は膨張を続け、銀河間の距離は約 1000 倍になりました。一方で、観測可能な宇宙の範囲は 10 万倍になっています。光の速度は宇宙が膨張する速度より速いため、観測可能な範囲の方がずっと急激に大きくなります。

 この観測可能な範囲とは、その場所から放射された光が地球に達している範囲のことをさします。その範囲は、毎年、光が 1 年に進む分だけ広がります。

 現在の私たちは、137 億年前には見ることができなかった宇宙を見ています。実際に、最近、これまでで最も遠く離れた銀河の光が観測されました。今になってようやく観測可能な範囲に入ってきた銀河です。

 にもかかわらず、そうした銀河までもすべて、基本的には私たちの銀河系と同じ性質をもっています。

 それは、例えて言えば、パーティーに出席したら 10 人の友人が自分と全く同じ服を着ていたようなもので、もし同じ服が 2 人だけならただの偶然かもしれませんが、しかし 10 人もとなると、前もって打ち合わせをしていたとしか考えられない、とヴェネツィアーノはいいます。

 宇宙では、その数は 10 どころではありません。宇宙背景放射を解析すると、それぞれが独立な領域でありながら、統計的に見ると非常に似通っている部分が、全部で実に数万個もあります。

 これらの部分が皆、できた時からたまたま同じ性質を備えていたという可能性もないでない、即ち、一様性は単なる偶然にすぎないということだ、とヴェネツィアーノはいいます。

(しかし、これには偶然という座標をどこに置くかが問題で、たとえば、ヒト体内でプリオンタンパク質から変異プリオンタンパク質に置き換えられることはあっても、ヒトからブタは生まれません。)

 だが、物理学者はもっと自然な説明があると考えている、とヴェネツィアーノはいいます。即ち、初期の宇宙は標準的な宇宙論で考えられているよりもずっと小さかったか、または、ずっと昔から存在していたとの説明です。

 このどちらか、或いは、両方が正しいとすると、宇宙の離れた場所の間で何らかのやり取りがあったとしてもおかしくはないといいます。

 物理学者から強く支持されているのは前者です。宇宙のごく初期にインフレーションと呼ばれる加速的に膨張する時期があったとの見方です。インフレーションが起こる前は銀河や銀河の素になる物質はごく小さな領域に詰め込まれていたので、情報をやり取りすることは有分に可能で、性質が一様になったと考えられています。その後、インフレーションの膨張は極めて急激に起きたので、光はこれについていけず、宇宙の各部が互いに情報をやり取りできなくなってしまいましたが、インフレーションが終わると膨張は減速して光が追いつき、銀河は再び互いを観測にできるようになったと考えられています。

 インフレーションはビックバンから約 10^−35 秒後に、インフラトンと呼ばれる新たな量子場のポテンシャルエネルギーによって発生したと考えられています。質量や運動エネルギーによって生じる力は引力ですが、インフラトンはむしろ宇宙膨張を加速します。

 1981 年にインフレーションが提唱されて以来、この理論は様々な観測結果を制度よく説明してきました( A. H. グレース/ P. J. スタインハート「インフレーション宇宙」日経サイエンス 1984 年 7 月号)。

 しかし、現状では、この理論にも様々な問題が残っています。例えば、新たに登場したインフラトンの正体は何であるのか、なぜそのような莫大なポテンシャルエネルギーをもっていたのかなどはわかっていません。

 一方、あまり知られていませんが、後者の方法、即ち、宇宙はずっと昔から存在していた、という考えによって特異点を避け、宇宙の一様等方性を説明することも可能だといいます。もし宇宙がビックバンで始まったのではなく、現在の宇宙膨張の前にもずっと長い期間があったとすれば、宇宙の遠く離れたところにある物質が何らかのやり取りをして性質を一致させることも可能になるとヴェネツィアーノは言います。

 研究者たちは、時空特異点が必須だとの結論に至る論理の筋道を、1 つ 1 つ検証してきました。「相対性理論は常に正しい」という仮定も(現在はそのように考える研究者は少ないと梵は思いますが)疑ってみる必要があるとヴェネツィアーノは言います。それより、理論を捏ねるより観測することによって解明するしかなく、訂正はそれからだと梵は思うのですが…。

 時空特異点とみなされる点に近づくにつれて、重力の量子論的効果が大きくなり、ついには優性になるはずだとベネツィアーノはみています。アインシュタインの一般相対性理論では、そのような効果は考慮させていませんが、時空特異点が不可避というのは、単に現実とは異なる仮定をしてしまったために出てきた結果なのかもしれないといいます。

(注:ニュートン力学が現在でも有効であるように、一般相対性理論は観測によって証明されたものが多くあるわけなんですが、勿論、未完成なままアインシュタインが他界している分、問題点が残っている部分もありるんですが、やれやれ…。随分と、局所的な展開になっていますが、なんです…)



(...to be continue...)

 うぅぅん…。実証主義な梵は、懐疑心からちと止まります…。

 言い分を排除して実質的な考察だけをあげようか、考えてくるので中断します…。

### これまでの参考資料 ###
■時の始まりはいつだったのか
ビックバン以前の宇宙
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データ

 小十郎はご機嫌そうでした。

 小十郎は次のような一言と俳句を残しています。
小十郎の一言:いいでしょ?

チャンネルを 配列すれば シュライデン

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 ぼちぼち挙げします…。

 小十郎は一つ運運について述べていました。 
小十郎占い:一つ運運そこそこ

一つ運に考えてみれば、仕事で成果をあげるにはそれなりの実力がなければやっていけません。

小十郎占い監修:小十郎
 即ち、それは、生物進化の過程と同じです。

 実際、全く何もない環境下で、既存のシステムやある物を作ろうとした場合、幅広い知識と技術力があって、行おうとしている分野のノウハウがなければ作れないですね…。それと同じです。

 それは揺ぎ無い、物理的な現象です。


 実際に仕事で成果を挙げたなら、それと同等の報酬を得るのも道理です。

 これも、生物進化の過程と同じです。

 即ち、地球生物は進化する過程で、生き残るために共存者へその仕事の報酬を与え得ながら生き延びてきました。

 これに対し、他者と共存できない利己的遺伝子をもつ生物は、選択圧から、環境に対応できず、他者を絶滅させつつ、絶滅の道を歩んできました。


 梵は至って理工的な脳を持ちます。

 理工的な脳とは、幅広い知識と技術力があって、行おうとしている分野のノウハウを持った上で、研究を行い、科学技術力を発展させて、より快適な環境になるように工夫できるように、実現できるよう、グローバルに脳を働かせます。

 もし、そんな脳が悪いのなら、生物進化の過程でいえば、医療技術を促進させることも理に反することにもなりますし、同じ地球生物を利用したバイオテクノロジーやバイオマス技術も理に反すことになりますし、温暖化対策にとエコ技術を発展させることは、地球環境に生かされているヒト上科としては、利に反します。

 それは経済においても、社会においても、同じ話だと梵は思います。


 ヒトの脳は、生まれたときには未成熟な脳のままで生まれるので、経験値によって築かれていくので、理論的に完璧な脳に作られることはありません。

 このため、ヒトは経験値と利己的な遺伝子の振るまいと、遺伝子が生き残るための環境維持する生理的なシステムとの兼ね合いで、『バカの壁』が生じているのに気付かないまま、自己感情に支配されたまま、それを是として動きます。

 だから、そんな場合、至って理工的な脳でコンピューター的な脳をもつ脳と、一般的な狭い環境からの経験値だけで判断するバカ壁な利己的な脳とは、その認識の仕方に、大きく差が生じます。


 至って理工的な脳でコンピューター的な脳をもつ梵は、生き残るために、シュミレーション結果から、物理的なクリーンさを求めますが、一般的な狭い環境からの経験値だけで判断するバカ壁な利己的な脳をもつ一般的な脳は、物理上不均一で、自身に都合よく、見た目上に公平なクリーンさを求めます。

 ヒトが是とする公平なクリーンさは、生物進化のシステムの理に反します。

 実際に、ヒトが是とする公平なクリーンな法則は、地球環境での生物進化過程には存在しません。

 生物進化の過程上で考えるならば、環境における選択圧や生存競争に勝って生き残るために、多種の共存者と互いに協力して仕事をし互いに報酬を得ながら、遺伝子を生き長らえさせています。

 例えば、DNA と RNA がそうであり、細胞生物に入りこんだミトコンドリアもそうです。

 しかし、一般的な狭い環境からの経験値だけで判断するバカ壁な利己的な脳をもつ一般的な脳は、見た目上に単一で主観的に考えて何も知らずに、都合のよいように考え、クリーンさを求めます。

 しかし、至って理工的な脳でコンピューター的な脳をもつ梵は、グローバルな複雑系システムのスケールに置き換え、分析し、生物進化や多種多様な生態系システムを考えて、シュミレーションして、判断します。

 
 一般的な狭い環境からの経験値だけで判断するバカ壁な利己的な脳をもつ一般的な脳は、見た目上に単一で主観的に考えて何も知らずに、都合のよいように考え、クリーンさを求めます。

 だから、いつまでたっても、本当の問題点が解決できません。

 それは、自然界にある物理的な法則に従って、地球環境のシステムや、他の種の多種多様な生態系のシステムに学んで、判断して、対処していかないからです。

 地球環境内での選択圧や生存競争の中で生き延びるに、生物進化のシステムに沿って対処していかない限り、生き残れません。

 当然、生物進化のシステムに沿って対処している生物の成果は、その生物のものであり、環境に対応できない生物は絶えます。

 物理上のクリーンさから言えば、生物進化の過程上、環境に対応できなかった弱者や病気や事故で動けなくなったものは、そのまま消えていくのが物理の流れであり、それを守ろうとすれば、生きていく上で大きな負担(約 3 倍の負担)となることから、弱者の救済や医療なども必要ないわけです。

 野生動物の世界では、生き残るために、自然の流れに沿って対応して、弱者は見捨てますが…。

 そこを、ヒトは、ヒト社会が形成されているのをよいことをよいことに、物理的に不可能な公平さを求め、クリーンさを要求したり、弱者救済するのが是とするので、地球環境で生息している多種多様な生物が営む生態系を大きく崩壊させ、常に問題を生じさせています。

 理工学的な脳を持たない、狭い環境からの経験値だけで判断するバカ壁な利己的な脳をもつ一般的な脳は、医療促進や弱者救済から、その環境を経済的に圧迫させていることでさえ考えず、自身の利己的な見た目上の公平さから、実際はクリーンに保てても、見た目上のおかしなクリーンさを求めます。

 そして、見た目上のあり方のクリーンさを是として、無闇に排除しようとしますが、これは、イスラム原理主義の思考パターンと同じであり、キリスト信者的なブッシュの思考パターンと同じです。


 そこから考えるに、梵は、「人間原理に沿って生きなくない」、「それほど物理的な矛盾を生じさせ、多種多様な生物の生態系を崩壊するような振る舞いしかできない、とんでもなく利己的な考えを是として、利己的に生きるのが人間ならば、人間でありたくない」と強く思います。

 いっそのこと、血の通わない機械ロボットや、スタートレックの感情を持たないデータだったらいいのに…と梵は思います。


 まぁ、「梵は、科学技術系・田中角栄だー!」なんていわれても、「梵は、非国民だー!」何ていわれても、一向に構わないのですけどね…。



 梵は人間であることが最大の苦痛です。
 
 それは、梵がプライベートでヒトが抱える問題を解決するためにアドバイザーをしている中、一般的に当たり前とされていることや、個人たちが是としている考えかたや気持ちを是として動いていることが、原因であり、そもそも物理的に不可能な要求や行動をしていることがそもそもの原因であることを発見しています。

 わかればわかるだけに、非常に辛いものがあります。

 このまま消滅したいな…などと考えることがよくある梵です。

 存在すべてが無意味のように思えます…。
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2006年06月15日

ビックバン以前の宇宙

 ホーキングが著作した『ホーキングは宇宙を語る』以降、教養番組でも 6 本の『ホーキングが宇宙を語るシリーズ』が製作され、前世紀末までディスカバリーチャンネルで放送されていましたが、この頃の物理学では、まず、ビックバン説が正しいのかどうかまだわからないといった状態でした。

 そして、現在では、ビックバンは宇宙の始まりではなく、共通点に過ぎなかったのかも知れない、といいます。

 最新の弦理論( 2004 年当時)によって、それ以前の宇宙が姿を現しつつあるといいます。

参考文献:
日経サイエンス 2004 年 8 月号 
別冊日経サイエンス『時空の起源に迫る宇宙論』
「時の始まりはいつだったのか―ビックバン以前の宇宙」
原題名 The Myth of the Beginning of Time
( SCIENTIFIC AMERICAN May 2004 )
監修:前田 恵一
訳者:鳥居 隆
筆者 Gabriele Veneziano(欧州合同原子核研究機構)
 上記の論文の筆者は、ホーキングが『ホーキングすべてを語る』において、ひも理論を説明する際、そのひも理論が元々は強い力を説明するにおいて考案されたものだったと説明していますが、その切っ掛けを産んだ一人がこの著者で、後に「弦(ひも)理論」を考案したことから、現在は、弦理論の父といわれてます。

 上記の論文は、物理学というよりも、科学理論の立場から理論展開されているため、物理学において知識として成り立っているものではなく、仮想的な理論展開が行なわれています。

 内容的には、科学理論モデルを知るにはよい材料だとは思います。

 しかし、梵としては、実証主義なので、まだ説明できるほどわかっていないのに、はじめから断定して書かれている、といった、本文の内容から、引っかかるところが多いので、あまりよいモデルでないのではないかと推測したりと、躊躇している梵なのでありますが、熟読してみれば、その論文展開とは、従来の相対性理論からの流れから移行させて考えるものではなく、それは量子論に傾いており、理論検証においては完全に中立な立場で科学理論上で展開されてあることから、理解しにくい内容になっているので、編集する速度が遅くなっているのであります…。

 さて…。どうしましょうかね…。

 とりあえず、梵の許容範囲内で、噛み砕いて示すとしますか…。



▼これまでの話

 ビックバンは、本当に宇宙の開闢なのか、それともビックバン以前にも宇宙の時は刻まれていたのだろうか――。ほんの 10 年前には、この質問はほとんどタブーだと思われていました。

 宇宙物理学者の多くは、ビックバンより前の時間を考えるのは北極点で北はどちらだと問うのと同じく、意味を成さないと考えていたといいます。しかし、理論物理学が発展し、とりわけ弦理論含む「ひも理論」を研究対象になってきてからは、そんな見方も変わってきたといいます。なぜなら、はじめ、強い力を説明するにひも理論が登場したからで、これを切っ掛けに、弦理論や超ひも理論や、M 理論などが登場してきたからです。

(但しホーキングは超ひも理論を懐疑的に見ているので、物理的に説明できる部分までしか認めていません)

 今や、ビックバン以前の宇宙の研究は宇宙論の最先端になっています。

 ビックバンより前には何が起きてきたのかを解き明かしたいという科学者たちの熱意は、千年も振れ続けてきた知の振り子を、再び大きく動かすことになりました。

 時は大昔、古代ギリシャ人たちは、時間の始まりについて激しく議論を戦わせました。アリストテレス( Aristotele )は時間に始まりはないという立場に立ち「無からは何も生じない」との原則を打ち出しました。もし宇宙が無から有へと転じることが不可能ならば、宇宙は常に存在していた筈です。

 これ以外にも理由はありますが、時間もまた過去と未来の両方向に、無限に延びていなくてはなりません。

《簡単に遡ってのお話》

 「時の始まり」を説明するならアリストテレスに始まるのですが、宗教思想が濃いプトレマイオスのモデルから、やはてヨハネス・ケプラーとガリレオ・ガリレイがコペルニクスの地動説を指示してそれまでの自然に対する知識を改良し、次に、アイザック・ニュートンが登場してその流れで古典物理学が作られました。しかし、それでは説明できない問題が登場したので、それらの問題を解決するにアルバート・アインシュタインは、物理学理論上矛盾しない説明を与えるに貢献しました。

 アインシュタインが提示した理論は、それまでの常識を覆すものでしたが、1919 年に太陽の傍で光が曲がったことを観測したことから、ニュートンの万有引力の法則を覆し、一般相対性理論の正しさを証明するものとして、アインシュタインは世界的な名声を得ました。

 アインシュタイン( Albert Einstein )の一般相対性理論によって、現代の宇宙物理学者はほとんど同じ宇宙像を思い描くようになりました。一般相対性理論では、空間と時間は柔軟なものだとされています。

 即ち、「重力によって光が曲げられ、時間の流れが遅くなる」といったものです。ニュートンは静止系の見解から「時間や空間は絶対的なもの」と見ていましたが、アインシュタインは絶対座標と絶対時間を疑い、慣性系は慣性の法則が成り立つと考えました。この慣性系は等価原理で成り立ちます。

 大きなスケールで見ると、空間は本来ダイナミックに膨張や収縮を起こしているもので、物質はそうした空間の運動に乗って、あたかも潮流の中の流木のように運ばれます。

 1920 年代の観測で遠くの銀河がお互いに遠ざかっていることが確かめられ、宇宙が膨張している証拠となりました。この観測事実と、ホーキング( Stephen Hawking )とペンローズ( Roger Penrose )の二人が 1960 年代に数学的に証明した理論とを組み合わせると、時間を無限にたどることはできないという結論に達しました。

 宇宙の歴史を遡っていくと、これらの銀河はすべて、あたかもブラックホールに落ちこんでいくかのように、1 つの無限小の点、即ち「時空特異点」へと押し込められていきます。

 銀河や銀河になる以前の物質はゼロの大きさにまで押し潰され、密度や温度、時空の曲率などの量は無限大になります。

 時空の特異点で宇宙は究極の大変動を起こしており、これ以前に宇宙の歴史を遡ることはできません。


▼宇宙の始まりに関する 2 つの説

 膨張する宇宙では互いに遠ざかっており、その速さは 2 つの銀河の距離に比例します。例えば、 2 億光年離れたところにある銀河どうしが遠ざかる速さは、1 億光年離れた銀河どうしの 2 倍となります。

 即ち、観測されるすべての銀河は、ある瞬間に同じ所から出発していることになりますが、これがビックバンにあたります。

 宇宙の始まりに関する 2 つの説とは、従来の「標準ビックバン理論」と著者考案の「弦理論に基づく宇宙論」です。


  • 標準ビックバン理論


  •  アインシュタインの一般相対性理論に基づく標準ビックバン理論では、銀河間の距離はある有限の時刻(ビックバン地点)でゼロになります。数学的に証明した理論とを組み合わせると、時間を無限にたどることはできないという結論に達しているので、それより前には時間という意味はなくなります。

  • 原理論に基づく宇宙論


  •  量子効果を取り入れたより洗練された(科学理論上のもので物理上ではまだわからない)モデルでは、すべての銀河はある最小の距離だけ互いに離れたところから膨張をし始めます。即ち、図に示せば、それは合わせ鏡の如く、ビックバンが起こった位置を境に存在すると仮定しています。これによって、量子効果を適用させた弦理論に基づけば、ビックバンによりも前に宇宙が存在していた可能性が出てくるといいます。


 上記のように、宇宙がかつて加速膨張したにせよ、原則膨張の時期があったにせよ、状況は変わりません。

 しかし、ビックバンによって互いに遠ざかり始めた瞬間に何が起きていたのか、確かなことはわかっていません。



(...to be continue...)

 長文となりそうなので次回に回します。

 次回は、「宇宙科学理論での試み」 についての話をします。

posted by 梵 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 梵の研究ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全能運

 小十郎は全能運について述べていました。
小十郎占い:全能運上昇中

▼全能の生 生きている状態を演出できる最低限の単位は全能でしょう。

小十郎占い監修:小十郎
 ………。はい?

 ヒトが言うところの「全能」というのは、物理現象においても、物性についても、全能というものは存在しえません。

 すべて、成り行き上で至った、発生した物性なり、物理現象です。

 残念ながら、ビックバン以前がどんな状態であったのかはまだはっきりわかっていません。

 しかし、少なくとも、ヒトが言う自身に都合のよい「全能」ではないことだけは確かです。


 また、神学系の宗教には神は自身を似せてヒトを作ったという話があるので、補足を次に示します。

 生きているとされる生物は、例えヒトでも、全能であるものは存在しません。

 何故なら、生物は進化の過程上で、地球環境に適応するために能力を獲得していったため、都合よく進化しているためです。

 それは、ビッグバンが切っ掛けで地球が形成され、第三惑星であるその地球の位置が生物が発生するに適した環境であることから、発生し、環境に適応するために能力を獲得しながら行き続けてきた「生物多種多様性」であり、「生存競争」であり、「進化」です。

 即ち、新スタートレックの最終話で、過去の地球の状態にタイムスリップしたシーンでMr.Qがジャンリュック・ピカードに説明したように、どろどろとしたアメーバーのような水が生命の源となりました。

 つまり、そこから生命は始まり、突然変異や絶滅を繰り返しながら、進化し続けたのです。


 その流れの過程の中にある私たち人間も、その生物の一種に過ぎず、全能ではありません。

 即ち、宗教系の神学の「全知全能説」や「ヒトは神と同じように作られた」となどなど、梵が吐き気をもよおすそのあたりのところは、大嘘です。

 この思想一つで、ヒトはヒトを簡単に殺せるだけの意図という武器を持ちます。

 因みに梵は、信仰者である自身が神であるのと同等化したある思い上がりな人間たちの手によって大切な親族を殺された一人です。加害者たちは自身の本当の罪さえ気がついていません…。


 あぁ、大の宗教嫌いの発作が…(ぜぇ…)。
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2006年06月14日

量子論は光から

 BlogPetSciense する BlogPet の 間でエントロピーな値を示し、そんな BlogPet に好評を受けた量子力学の話ですが、どうしても「有用だ」とばかりに監修にて示すので…ということで、量子力学しましょうかね…。

 さて、前回の「量子力学の話」では概要をざっと説明してきましたが、今回は「ことの起こり」からざっとみていきましょう。



ことのおこり

これから示していく量子力学は、物質を構成する原子や分子の性質に直接関わっている電子の振る舞いを決めている法則であり、電子や原子核の発見で原子の構造が解明されていくのと相俟って確立されました。

 量子 の概念は 1900 年にプランク( Max Karl Ernst Ludwing Plank , 1858 - 1947 作用量子( 1900 )ノーベル賞受賞( 1918 ) )によって導入されましたが、その端緒となったのは溶鉱炉の温度を正確に測るという工業的な要素から、熱放射 という高温物体から放出される光の輝度や色彩から決める研究でした。

 プランクは熱放射する物体の温度と光の波長による輝度を与える公式を導き、その中で後に プランク定数 と呼ばれる 作用粒子 h を導入し、熱放射のエネルギーが光の振動数 ν と作用粒子の積 hν の整数倍の値しかとらないことを提唱し、その単位を エネルギー要素 としました。

 このように本来連続的な値でもよい物理量がとびとびの値しかとならいことを 量子化 されているといいます。1905 年にアインシュタイン( Albert Einstein , 1879 - 1955 光電効果( 1905 )ノーベル賞受賞( 1921 ) )は、金属に光を当てると電子が飛び出す 光電効果 の説明に、光自身のエネルギーがプランクのエネルギー要素の値で量子化されていることを提唱し、光量子 と名付けました。

 光の波動説については、マクスウェル( James Clerk Maxwell , 1831 - 1879 光の電磁波説( 1861 ) )が 光の電磁波説 を提唱して約 40 年、ヘルツ( Heinrich Rudolf Hertz , 1857 - 1894 電磁波の発生( 1888 ) )が実際に電磁波を発生させて約 15 年たっており、光の波動性 はもはや揺ぎ無いものとなっていましたが、この頃、ヤング( Thomas Young , 1773 - 1829 光の波動説( 1801) )が 光の波動説 を復活させて一世紀、2 人の相次ぐ提案は 光の粒子性 の片鱗をのぞかせることとなりました。

 光量子説が唱えられてから約 20 年後、光が電子によって散乱するコンプトン( Arthur Holly Compton , 1892 - 1962 コンプトン効果( 1923 )ノーベル賞受賞( 1927 ) )の実験で、光の粒子性が疑う余地のないものとなり、光が波動性と粒子性を兼ね備えた 二重性 をもつことが明らかとなりました。

 光が波動性と粒子性の二重性をもつなら、電子もこの二重性をもっているに違いないというド・ブロイ( Louis Victor de Broglie , 1892 - 1987 物質の波動説( 1923 )ノーベル賞受賞( 1929 ) )の提案を受けて、シュレーディンガー( Erwin Schrödinger , 1887 - 1961 波動方程式( 1927 )ノーベル賞受賞( 1933 ) )が電子の 波動方程式 を導き、量子力学の成立へと足早に進展しました。

 そして、電子の波動性を直接みる実験がなされ、ド・ブロイの予言が確実なものとなり、光や電子がもつ二重性が普遍的なこととして認められるに至りました。

 現在では、「電子や光は、波と粒子の性質を合わせもつ 」という量子力学(量子論)の基本原理は、科学技術においても、基礎科学においても、私たちの常識となっています。


光の正体

 光の性質についての研究は、すでにギリシャ時代に始まっています。紀元前 300 年頃、幾何学で名の知られたユークリッド( Eukleides , 330-275 B.C. 頃 )は著書「反射光学」の中で反射の法則を明らかにし、紀元 130 年頃にはプトレマイオス( Ptolemaios 100-178 頃 )は屈折の研究をし、入射角屈折角 の関係を求めていました。

 しかし、光について本格的な研究が始まるのは 17 世紀になって、特に、屈折望遠鏡が実用化されるようになってからです。ケプラー( Johannes Kepler , 1572 - 1630 「屈折光学」の出版( 1611 ) )は入射角と屈折角が比例するという、それぞれの角度が小さいときに成り立つ 屈折の法則 を発見しました。

 ケプラーを訪れたことのあるライデン大学のスネル( Willebroad Snell , 1591 - 1626 屈折の法則( 1921 ) )は実験から、大きな角度でも成り立つ一般的な法則、即ち、角度ではなくそれらの角度の正弦の比が一定となることを発見しました。

 2 つの媒質の 屈折率 を n1 , n2 とし、入射角、屈折角をそれぞれ θ1 , θ2 とする スネルの法則

   n1 sin θ1 = n2 sin θ2

のように表すことができます。

スネルの法則

 このスネルの法則は、デカルト( Rone Descartes 1596 - 1650 「屈折光学」の出版( 1637 ) )が「屈折光学」に表し、初めて世に出ることとなりました。

 光の伝播には有限の時間がかかると考えた人と瞬間に伝わると考えた人がいましたが、最初に 光速 が有限であることから生じる現象を指摘したのはデンマークのレーマー( Dene Ole Römer , 1644 - 1710 蝕の遅れを予想( 1676 ) )です。

 木星の衛星イオは公転中毎回木星の影に入り蝕になります。この周期が地球(観測者)が木星に近づくとき短く、遠ざかるとき長くなることを発見し、光の伝播に有限の時間がかかるからだと考えました。

 レーマーの考えはその後ブラッドレー( James Bladley , 1693 - 1762 光行差の発見と光速の計算( 1725 ) )によって公表されました。ブラッドレーは、半年の前後でわずか恒星の方向が異なる 光行差 が地球の公転運動によるものと考え、光速を求めました。

 これらの結果は天体観測から得られたものでありましたが、フィーゾー( Armand Hippolyte Louis Fizeau , 1819 - 1896 地上での光速の測定( 1849 ) )によって初めて地上(実験室)で光速が観測されました。

 現在では、真空中の光速は

   C = 299792458 [ ms^−1 ]

としています。そして、長さの単位を逆に、1/299792458 [ s ] の間に光が真空中を進む距離を 1 [ m ] と定義しています。

 光速のように物質などの個別の性質によらず、この宇宙で共通( universal )の値をもつ定数を 普遍定数 といいます。普遍定数には、ニュートンが導入した 万有引力定数 G 、量子力学を特徴付ける プランク定数 h 、電子などの 素電荷 e などがあります。

 オランダのホイヘンス( Christiaan Huygens , 1629 - 1695 ホイヘンスの原理( 1960 ) )は、光が波動であり、空気が音を伝える媒質であるように、光を伝える物質として エーテル ( ether : イーサーネットワークの語源)を考えていました。

(注:後にこのエーテル説はマイケルソンとモーリーの実験などで根拠となる事象が見つからなかったことからアインシュタインはエーテルは光に関係しないと説きましたが、ここでは当時の流れを追ってみましょう)

 ホイヘンスは波を起こす波源から媒質を振動させ広がっていった波は、波頭に対する 波面 での媒質の振動が新たな波( 素元波 )となって球面状に広がり、それぞれの波面の 包絡面 (曲面群の各曲面との接点で共通の接平面をもつ曲面を包絡面といいます)が新たな波面になると考え、これを ホイヘンスの原理 としました。(参考:「ミンコフスキーの話をする前に…(ホイヘンスの原理)」「光波の話」「音波の光波の比較」)

 音の場合、ついたての反対側からの音が聞えるのは、ついたてを迂回して音波が伝わるからであり、この現象を 回折 といいます。音の回折現象はホイヘンスの原理でよく説明できますが、光の場合は障害物の陰がくっきり出ます。これは、光は直進するからです。

 この 光の直進性 からニュートン( Isaac Newton , 1642 - 1727 「光学」の出版( 1704 ) )は 光の粒子説 を唱えました。(参考資料:>」「光波の話」の「フーコーの実験の裏話:ニュートンの「光の粒子説」VS ホイヘンスの「光の波動説」参照)

(注:ニュートンが考えたように、光が単純な粒子なら干渉が起こらないはずでありますが、ヤングが行った「光の干渉」の実験などによって、干渉縞がみられたことから、その後の学会では光の波動説が主流となり、アインシュタインが「光には粒子の性質もある」と考えるに至るまでは、光の波動説が常識となっていきます。)

 ホイヘンスは、物質の密度の高い媒質中では、波の伝播速度が 屈折率 に反比例していると考え、この原理でスネルの屈折の法則を説明しました。

ホイヘンスの原理

 即ち、異なる媒質の屈折率を n1 , n2 とし、平面波入射角 θ1 で境界面に当たるとし、境界面の点 A と B との長さを L とします。入射波の波面は 光線 に垂直であるから、A を含む波面と B を通る光線との交点を C とします。

 CB = d1 とすると ∠CAB は 入射角 θ1 であるから、 d1 = L sin θ1 となります。

 同様に、屈折角 θ2 で屈折した波の B を含む波面と A を通る光線との交点を D とすると、
AD = d2 = L sin θ2 となります。

 A に到達した波は下の媒質に球面波で広がります。真空中の光速を c として、入射波の波面が A から x 離れた境界面に達する時間は

  n1 x sin θ1 / c

となるから、 x にに比例した時間、遅れて境界面から下の媒質に速度 c/n2 で広がっていき、それらの素元波の包絡面は BD に平行な平面になります。

 結局、入射波の波面が B に達したとき、 A から広がった球面波の半径は

   d2 = nd1/n2 で、

   n2 L sin θ1 = n2 L sin θ2

となるので、スキルの法則が導かれます。

  一方、ニュートンは、粒子が屈折率の小さい物質から大きい物質に入るときに境界で垂直に加速され、屈折率に比例して速くなると考えました。境界面に平行な速度成分は変わらないので、

   υ1 sin θ1 = υ2 sin θ2

となり、スキルの法則が説明できます。波動説と粒子説では、媒質中の光の伝播速度が屈折率に反比例するか比例するか正反対の結論になります。


 ニュートンは、レンズの色収差をなくして望遠鏡の倍率を上げようと屈折の実験をしました。暗い部屋の窓に穴をあけ、穴から指し込む太陽光線をプリズムに通して屈折した光を反対側の壁に映し出しました。壁には虹の色が映りましたが、その色の広がりは、穴の光をそのまま反対側の壁に映った白色光の広がりより大きいことがわかりました。(参考資料:「プリズム」)

 ニュートンは、 は光の固有の性質であって白色光は異なる色が混ざっていると考え、プリズムで屈折したとき、屈折率が色によって異なるからであると結論付けました。このように白色光をいろんな色に分けることを 分光 といいます。(参考文献:「 光の分散」「分光器とスペクトル」)

 ニュートンがこれを決定的実験としたのは、プリズム 1 で分光したある色の光をコリメーターで選択し、プリズム 2 を通しても白色光のようには広がらなかったものだったからです。

 この一連の実験で得た結論を 1672 年にニュートンは公表しましたが多くの反論があり、その急先鋒が王立協会の実力者フック( Robert Hoole , 1635 - 1703 フックの法則( 1660 ) )でした。

 その後しばらく、ニュートンは色について言葉にすることはありませんでしたが、フックが死後、1704 年に「光学」を出版し、分光学 の創始者となりました。このようにプリズムなどで分光された光を 単色光 といい、強度分布を スペクトル といいます。


光の波動性

 光の粒子説は力学で得たニュートンの権威も借りて約 100 年間続きましたが、 1802 年のヤングが干渉の実験などから波動説が復活しました。それまでのホイヘンスの波動説は「波の伝播の原理」であって、そこには異なる素元波が干渉するという考えがありませんでした。

 これを、ヤングは「 干渉の原理 」を波動論の基本概念に加えました。この原理は量子力学においても状態の 重ね合わせの原理 として最も重要なものとなります。

 2 つの波が干渉によってお互いに強め合うか弱め合うかは、相互の 位相 によって決まります。

 波をスナップショットで見れば、高いところと低いところが 周期的 に繰り返しています。空間的に繰り返す周期を 波長 といい λ で表します(振動数は ν で表します)。

 簡潔化するらめに 1 次元の波動を考えてみましょう。波を特徴付ける物理量( 振幅 という)を ƒ とし、整数 n に対し

    ƒ ( x + λ ) = ƒ ( x + 2λ ) = …… = ƒ ( x + nλ ) = …… = ƒ ( x )

となるから、 0 ≤ x < λ の ƒ ( x ) の値から、すべての値がわかります。

 波が 伝播速度 υ で伝わっていくと、定点で観測すれば、時間的にその値が振動することになります。 x のプラス方向に進む波は、波形全体が υt で平行移動するので、 t = 0 の波形 ƒ ( x ) が時間 t とともに ƒ ( x − υt )と変化します。

 したがって、進行する波動はある定点では時間的に振動しており、その 周期 T は 波長 λ と
λ = υT の関係になります。また、振動数 ν とすれば、 νT = 1 から、 λν = υ となります。

 ある時間の 0 ≤ x < λ の値か、ある定点の 0 ≤ t < T の値かのいずれかが決まれば、すべての時間・空間の値もわかります。時間と空間を対等にするため無次元の変数 ζ = x/λ − t/T を導入すれば、 0 ≤ ζ < 1 の値が決まれば、時間・空間のすべてものもが決まります。したがって、ζ を位相といってもよいのですが。実際には 正弦波 または 調和振動

   cos 2 π ( x/λ − t/T )

を考えるので、位相を θ = 2πζ とし、角度そのものを 位相 と呼びます。 尚、量子力学では、位相という言葉が、非常に大切なものとして、また多様な意味で使われるので注意が必要となります。

 ヤングの干渉実験は、光源とスクリーンの間に。素元波の位置を制度良く決めるコリメーターとしてスリット S を置き、その後に中心がちょうど S からスクリーンに垂直な軸( 光軸 )にくるように、間隔が d の 2 つの平行なスリット( ダブルスリット ) S1 , S2 を置きます。

 ダブルスリットの中心とスクリーンとの距離を L とし、スクリーンに沿って光軸から距離 x 離れた点を P とします。距離 S1P および S2P をそれぞれ r1 , r2 とすると、ピタゴラス定理より

ヤングでピタゴラスの定理(a)

となります。波長 λ の単色光を使うと S1 からきた波と S2 からのものとの位相の差( 位相差 )は

ヤングでピタゴラスの定理(b)

となります。ここで、ダブルスリットの間隔 d はスクリーンまでの距離 L より十分小さい(例えば、 L が 1 [ m ] で d が 1 [ mm ] で 1000 分の 1 )としました。したがって、 2 つの波の振幅が同じであるとすれば、干渉によって

ヤングでピタゴラスの定理(c)

となります。定点の強度は振幅の 2 乗 4 cos^2 ( Δθ / 2 )であるので、Δθ / 2 が整数 n で 4 , 半整数 n + 1 / 2 で 0 になります。

 x が nλL / d のところで明るく、 ( n + 1 / 2 ) λL / d のところで暗い明暗の縞ができます。これを 干渉縞 といいます。縞の間隔を測れば、光の波長が測定できます。

 ヤングによって波動説が復活しましたが、それでもニュートンが粒子説の根拠とした 直進性 はまだ説明されていませんでした。後に、フレネル( Augustin Jean Fresnel , 1788 - 1827 光の回折( 1816 ) )やキルヒホップ( Guutav Robert Kirchhoff , 1824 - 1887 熱放射の法則( 1860 ) )らによって(ニュートンの粒子説の立場からではなく)波動説の立場から、異なる素元波の干渉を考慮することによって、大きい角度の回折はほとんど起こらないことが示されました。

 この際、波面や位相を主に考える 波動光学 ( wave optics )と光線を考える 幾何工学 ( ray optics )の関係が研究され、ハミルトン・ヤコビの力学など 回析力学 に活かされ、それらの研究の効果は、古典力学から 波動力学 への道のりを短くしました。

 スネルの法則の説明で媒質中の伝播速度が屈折率に、波動説では反比例し、粒子説では比例するという正反対の仮定でありましたが、フーコー( Juan Bernard L&egrabe;on Fouchault , 1819 - 1868 水中の光速の測定( 1850 ) )が水中での伝播速度を直接測り、高速が屈折率に反比例していることを明らかにし、波動説を支持しました。ニュートンの粒子説は光の直進性も波動説で説明でき、波動一元論に繰り込まれることとなりました。

 1815 年にフラウンホーファー( Joseph Fraunhofer , 1787 - 1826 暗線の発見( 1815 )、回析格子( 1821 ) )は色分解能の高いプリズムを作製し、分光された太陽光線の スペクトル にある特定の色がほとんど見えない 暗線輝線 があるのを発見しました。

 その暗線の中に、炎色反応 でのナトリウムの 輝線 と一致するものをみつけ、さらに 回析格子 を使って 576 本の暗線(輝線)の波長を測りました。

 この「輝線と一致するもの」とは、透明な炎に物質を白金線などにつけてかざすと炎がその物質特有の色となり、その着色した炎の光を分光すると線状のスペクトル(輝線)になる現象をさします。

 回析格子とは、平坦な金属やガラスの表面に等間隔に線状の溝を掘ると、溝に当たった光は乱反射しますが、残ったたくさんの筋状の表面で反射した光が特定の角で強め合い、その角度から波長が測れる光学装置をいいます。

 人の目で見える波長の光を 可視光 といいますが、それらの波長は一番短い紫の 380 [ nm ] から一番短い赤の 770 [ nm ] の範囲にあります。ナトリウムの橙色の輝線の波長は 590 [ nm ] にあたります。

 これらのフラウンホーファーの研究はキルヒホッフに受け継がれ、量子論への未知を開くこととなりました。



(...to be continue...)

 やっとなんとか終わりましたね…。黙々とすね作りしていた梵でありました。

 お題の都合上、本篇は長文となりましたが、続編となる次回の「光は電磁波」でも長文となることと思われます…(ぜぇ…)
posted by 梵 at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 量子力学の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まあまあ

小十郎の一言:まあまあ

加速器に 量子力学 を通して

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)


posted by 梵 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

光速地殻

 小十郎は光速地殻運について述べていました。
小十郎占い:光速地殻運わるそう

政景は物理光速地殻については次のように残していた。

小十郎占い監修:小十郎
 …って…。

 政景宅の「上記運」により…『政景占い:上記運上昇中「ホーキングがブラックホールに上記をもったのは、その中心に特異点が存在しているからだったといいます。」(政景占い監修:政景)』に、「俳句運」より、『政景占い:俳句運良し「――ブラックホールが俳句していくと、最後はどのようになるのでしょうか?(政景占い監修:政景)』

 …ってことなんですが…。



 宇宙物理学すねの催促ですよね…(T▽T)...

 ぼちぼち挙げます…。

posted by 梵 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

細胞の構造と構成成分 (1)

 さて…。今回からこのカテゴリーは、微生物機能に学ぶ化学(微生物バイオテクノロジー)から見た「細胞の構造と構成成分」を見ていきます。講義上の流れでは、序論にあたるものです。

 前に「発見運」でも概要をちらっと述べましたが…。

 微生物も細胞からできており、生きている細胞の満たすべき基本的条件を満たしています。その細胞を構成する成分や細胞内で行なわれる化学反応を理解することが微生物を理解する第一歩となります。



細胞説と生命の基本的条件


  1. 生命の基本的条件


  2. すべて生命のあるものは、細胞質膜という膜に包まれた袋状の構造をもっており、これが細胞であります。そして新たな細胞は母細胞が 2 つの娘細胞に分裂して作られ、それ以外に細胞があららに生まれることはありません。

     これが 19 世紀のシュライデン。シュバンらにより提唱された細胞説であり、今日の細胞学の重要な基礎となっています。単一の小さな細胞( 1 mm の 1/1000 の長さである μm レベルの大きさ)で 1 つの生命固体である細菌から主として数十 μm レベルの大きさの細胞約 60 兆個からでいているヒトのような生命固体まで、固体を形成する細胞の大きさや数には多様な変化が見られますが、各々の細胞は、ただ単に細胞という形をしているだけではなく、生きています。そして、生きている細胞は、いずれも以下に述べるような生命の基本的条件を備えています。


    1. 細胞という基本構造、即ち、内部(生命)と外界の間に境界(膜)を持つ。


    2. 境界(膜)を通した外界との物質や情報の交換ができる。


    3. 細胞外部からの物質(光などの物理的エネルギーを利用できるものもある)から、化学反応(代謝)よりエネルギーを得(=エネルギー源)、化学エネルギーとして貯蔵、利用することができる。


    4. 細胞外部からの物質を代謝することにより、自己のもつ化学物質の再生産ができる。


    5. 細胞を二分し、増殖することができる。


    6. 細胞構造の形成、物質変換(代謝)、分裂・増殖のための反応の働き手はタンパク質であり、そのアミノ酸配列の情報プログラムを、ゲノム上のヌクレオチド配列(塩基配列:遺伝情報)として持ち、そのプログラムを実施することができる。


     尚、代謝と働き手である酵素(タンパク質)による燃料(エネルギー)と材料(化合物)の作り直しであり、化学反応であります。また、遺伝情報とは設計書(コピーされる構造をもつ 4 種類の文字で書かれたレシピ)である核酸( DNA と RNA のうちの主として DNA )が持っており、ここに働き手の構造の情報があります。

     一方、化学反応とは化学結合エネルギーの受け渡しであり、結合を作り、結合を移動させ、あるいは結合の崩壊などの組み合わせです。このとき、結合エネルギーの吸収、移動熱への変換などを伴います。

     結合には、通常のエネルギーのものと、非常に高いエネルギーのものがあり、後者の代表が細胞内でのエネルギー通貨として用いられている ATP でありますが、この他、糖の代謝における基質レベルのリン酸化反応で合成される糖のリン酸エステルの中にも高いエネルギーをもつものがあります。

     生物が行う化学反応も、物理学で示されている以下の 2 つの熱力学の方式に従います。

    第一:エネルギー保存の法則
    第二:秩序→拡散(エントロピーの増大)

     また、生物のもつエネルギーの起源は、そのほとんどが太陽光からであり、一部は熱として拡散(無秩序)されてしまいますが、一部は化学結合(秩序)として保存される点が生物の特徴です、

     生物が行う化学反応(生化学反応=代謝)は、秩序だった化学反応でありますが、これは生体触媒(酸素=タンパク質)の利用によるものであり、この触媒は酸素(鍵穴)と基質(鍵)の特異性をもつことにより、特定の化学反応に必要なエネルギーが低減化され、その結果、その反応のみが推進されます。

     また、この働き手である酵素の構造(アミノ酸配列)の情報は設計書である遺伝情報に書きこまれています。


  3. 原始細胞と真核細胞


  4.  さて、細胞の構造を少し詳しく見てみましょう。現在私たちが知っているさまざまな生物の細胞は、すべて 2 種類の細胞に分類されます。 1 つは上に述べた遺伝子情報が 4 種類のヌクレオチドの配列情報として書き込まれている遺伝子の総体であるゲノム染色体(ほとんどの生物においては DNA と呼ばれる化学物質です)が、細胞の中で他の生物有機化学物質と共存している原核細胞であり(核を持たない細胞の意)、もう 1 つはゲノム染色体が核膜と呼ばれる核によって包まれている真核細胞です。

     後者の場合には、細胞質膜で囲まれた原形質の中に、さらにもう 1 つ別の膜で囲まれた領域(核)が存在します。原核細胞をもっている生物固体が原核生物であり、部生物の仲間の細菌(真正細菌と古細菌)がすべてこれに属します。

     即ち、細菌は原核生物で、しかも多くの場合には、単一細胞で 1 つの生命体です。

     一方、真核細胞をもっている生物固体が真核生物であり、植物や動物などいわゆる高等動物や、微生物の仲間でも酵母や糸状菌(かび)がこれに属します。

     なお、真核微生物も細菌と同様、単一細胞(大きさは 10 μm 程度で、細菌よりかなり大きい)で一固体のものもありますが(主として酵母など)、糸状菌では多細胞の構造をとるのも多くあります。

     ところで、現存する細菌と真核生物とを比較したとき、気がつくのが、この大きな 2 部門の差異が、決して核膜の有無だけではないということです。本講義では微生物の化学に関することを中心とするため、詳しい説明は省きますが、両部門では、染色体の存在状態は(細菌では環状のもの一本の場合が多く、真核生物ではすべて線状で、複数存在します)、遺伝情報の流れにおいて、DNA から RNA へと写しとられる転写の段階で、前者は 1 種の RNA ポリメラーゼのみ持ちますが、後者は異なる 3 種の酵素を持ちます。

     DNA 配列中に後者はイントロンと呼ばれる RNA に転写された後で切り取られる配列をもつちますが、前者にはイントロンはありません。この他にも、転写された RNA への修飾の有無、RNA からタンパク質を合成する場であるリボソームの大きさの差異、など、数え上げれば十指に余る断絶があり、進化の過程で核を獲得し、真核生物が誕生したときに、遺伝情報の保持や流れの過程にドラマチックな変化が起きたことが推定されます。



(...to be continue...)

 次回は「細胞の構造成分」の話です…。
posted by 梵 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 体構造の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

発見運

 生物学の「生命」についての概論が終わらないままにしていたのに気付いて、後挙げした梵であります…。

 基本的な生物学は分子生物学や生物学(細胞生物学)で扱っているので、体構造の話での、次回からは従来の見た目上からわかっている生物学のから離れ、もっと詳細に、もっと濃いところをやっていこうと計画している梵であります…。

 小十郎は発見運について次のように示していました。
小十郎占い:発見運まあまあ

成実は生物発見運について次のように述べていた。

小十郎占い監修:小十郎
 つまり、成実の俳句で曰く「生体や 配列しては 仕組みだね」…てことで、求めるところ、「知識」ですか…。

 微生物機能に学ぶ化学においては、その課程で取り扱う微生物は主として細菌(真正細菌と古細菌)と菌類(酵母とカビ)が対象となりますが、細菌や約 250 属 1.500 種、菌類は約 45,000 種ほどがこれまでに知られています。

 地球年齢は太陽そのものの年齢とあまり違わない 46 億年で、海の形成が 41 億年前と考えられ、それから数億年間は生命ができあがるための化合物の変化、すなわち「化学進化」と呼ばれる段階があり、今から 36 億年前ごろに原始生命が誕生し、その後生物進化を遂げてきたと推定されています。

 生命は「ランダムな突然変異と生存環境での適者生存」の原則に基づいて漸次的に進化する、という現在では広く認められている考えかたからすれば、地上で誕生した原始生物はおそらく、今日の分類では真正細菌に分類されているものに近い構造と機能をもったのであろうと考えられています。続いて古細菌、さらには、細胞中に化句を持つ真核生物である菌類が誕生したのであろうと考えられています。

 これら地球上の最先住民である微生物の進化の永い過程において、現存するすべての生物に共通な生命の基本的条件が決定されています。したがって、微生物の示す生命現象を研究することにより、生命に関する多くの謎が解かれてきました。

 例えば、細菌である大腸菌や菌類であるパン酵母をモデル生物として、分子生物学、遺伝学、細胞生物学が今世紀に入り華々しい進化を遂げ、生物現象の理解を助けています。

 また、最近の約 30 年間には、微生物を材料にして開発された遺伝子工学が、さまざまな生物にも適用されつつあり、さまざまな研究報告が挙げられていますが、この試みは、生物機能を人類の福祉に役立てることを目的としたバイオテクノロジーの有力な手段となっています。

 このように多種の微生物の中から選ばれたモデル微生物に焦点を当てて集中的に研究が行なわれる一方、その長い進化の歴史の中で、多様な環境に適応するため、或いは周囲の生物との共生関係を確立するため、高等生物には見られない多様な遺伝子や代謝系を獲得してきている微生物の研究も、 19 世紀後半以降より進められてきました。

 これら微生物の能力は元素の循環などを通して、地球エコシステムの維持になくてはならない貢献をしています。さらに、嫌気的微生物、好熱性細菌、光合成細菌などの研究も行われてきました。

 このような研究の結果、人工的な培養が困難な多くの微生物の存在が推定され、今日では人類が取り扱っている微生物種は自然界に存在する微生物の 100 分の 1 程度ではないか、という可能性が指摘され、従来の予想を超えた微生物多様性の認識が一般的になりつつあります。

 このような微生物のもつ遺伝子、代謝酵素、機能などの多様性を学び、それらが永い年月の間、地球エコシステム維持に働いてきた機構を理解し、さらにこの多様性を発酵生産や環境保全に利用されています。

 地球温暖化問題によって、近年よりさらに着目されてきたこのような試みは、通常あまり認識されない微生物から人類が得ている恩恵を理解し、その機能を学ぶ姿勢を身につけたいというところから発していますが、そこには永続性のある循環型の社会を築いていくための重要なヒントが含まれていると考えられるからです。


 微小ではありつつも、ぼちぼちと後あげしている梵であります…。
posted by 梵 at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

量子力学の話

 量子力学の説明は複雑で難しい…などといっていました梵でありますが、小十郎たちのおねだりにより、量子力学の話をはじめるとしました。

 宇宙物理学のさまざまなモデルや最先端を話すよりは楽といえば楽なのではありますが…。何しろ説明が込み入っていて、複雑で、数式が多いです…。まぁ、現代物理学よりは楽なのですが…。

 どうなりますかね…



▼量子力学について

 物理学が量子力学への未知を歩み始めて早くも 1 世紀を超えました。その発展と社会的貢献は目覚しく、今や現代科学技術の中核を支える学問として位置付けられます。

 例えば、レーザー、半導体等々、日常耳にする物質科学はもちろんのこと、ポストゲノムを筆頭とする生命科学からコンピューター、宇宙科学にわたる自然科学の最前線、エレクトロニクスなどの最先端技術に置いて、直接的・間接的に量子力学により(科学技術的な意味合いで)切り開かれた分野と領域の広さは計り知れません。

 それは、量子力学が光の認識と現代原子論の発展と相俟って確立されたもので、光の本性と物質の性質を決定する電子の振る舞いに関する基本法則であるからです。

 現代では、情報科学においてその可能性を一変させるような量子力学に基づく革新的アイデアも鋭意研究されています。代表的なものは量子コンピューターや医療技術促進のための機材や手法などが挙げられます。

 この現代科学技術の支える専門分野、ミクロの世界の法則を学び、その理解を深めることは、現代人としての知的な営みに大いに資するものだろうと考えられます。

 量子力学は何世紀にもわたる物理学や化学の研究結果と、それとあい矛盾する新たな発見との葛藤の上に生み出されてきました。また、ガリレオは「自然という書物は数字の言葉で書かれている」といいましたが、古典物理学に比べ、電子が粒子であり波であるというような、日常の直感と隔たりのある量子力学においては、数学はさらに重要な役割を果します。

 したがって、量子力学を学ぶには、化学の知識は元より、古典物理学や数学の基礎的知識をある程度必要とします、勿論、「理解」といっても、その学ぶ目的によっていろいろなレベルや立場があると思われます。

 今回新たに立ち上げた「量子力学」という本カテゴリーは、量子力学を日常的に用いる物理学者や電子工学者などを目指す人々を対象とするものではありませんが、単にお話程度に感触を得るだけのものでなく、専門科目の「自然の理解」として、量子力学の論理の構造と基本的応用について進めてまいりたいと思います。

 強いて言うなれば…。大学初年級程度の物理学(力学・電磁気学など)と数学(微分積分学、線形代数学など)の基本知識があれば、より理解しやすいものとなると思います。


 まず、量子力学に現れる基本的概念がどのように想起され、発展し、普遍的なモノになっていったかを歴史を踏まえていきます。といっても、文面だけの説明は始めの数回だけで、それ以降はそれ以前の物理学の導き方や数式が続出するようになります。

 量子の概念が生まれた当時、波動と考えられていた光が粒子性の片鱗をのぞかせ、約 20 年を経て光が波動性と粒子性の二重性をもつことが明らかになり、この二重性が電子ももつという発想の展開が、手探り状態にあった前期量子論の難問を解く鍵となって、量子力学は急速にその形を整える量子論的描像の相違(飛躍)が浮き彫りになり、両者の関係が明らかになって、量子力学全体の理解が深まると考えられます。但し、量子力学は重力だけが説明できません。しかし、その他は量子力学で説明できます。

 ついで、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式をもとに、その理論構造が位置や運動量などの物理を演算子(行列)で表していきます。これは従来の物理学では思いもよらなかった数学的表現によります。続いて、調和振動子や水素原子などの具体的対象を厳密に解いて基本的な手法を示して理解を深めるとします。さらに、一般の原子や分子が作られる機構、ミクロの世界の成り立ちとそれを探求する方法を示し、おしまいは、原子よりさらに深い自然の階層に位置する原子核の構造、それを構成する陽子や中性子、さらにこれらを構成するクォークなどにより基本的な粒子の世界をその発見の歴史をたどりながら垣間見るとします。

 また、これらの基本粒子の間に働く力とその力学をつかさどる法則を概説して、最後に現在の素粒子物理学の夢に触れられればいいですね…。



(...to be continue...)

 どうなりますことやら…。
posted by 梵 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 量子力学の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇宙理論

 小十郎は次のような一言と俳句を残していました。
小十郎の一言:いいかな?

あのひもは 一緒されたし 理論かな

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 うぅぅん…。ひもですか…。

 説明するのが、複雑過ぎて、難しいですね…。

 ひも理論系については、説明するに、もうしばらくあたふたしそうな梵です…。

 そんな状況にある梵ではありますが、小十郎は一つ運について述べていました。
小十郎占い:一つ運まあまあ

その後、宇宙は「ビックバン」という超高温・超一つの火の玉になるでしょう。

小十郎占い監修:小十郎
 宇宙創生の量子論に関する最近の話題は、高次元空間での宇宙創生です。

 超ひも理論と一言でいっても、さまざまなひもがあるので、それを説明するに幾つものモデルがあるわけですが、これを説明するには、随分と時間がかかるわけなんですが…。

 量子重力理論の試みが行なわれているその一方では、その超ひも理論の進展により、多様なアプローチが進められています。最近の最も興味深い新しい宇宙のモデルは「ブレーン宇宙モデル」です。

 そのモデルとは「エキピロティック宇宙モデル」というもので、究極の統一理論となるだろうと考えられている超ひも理論の M 理論の示唆するところでは、11 次元空間の中に 3 次元の膜(ブレーン)が存在し、その膜の 1 枚が私たちの宇宙であると考えられています。

 高次元空間に存在する 3 次元の 2 枚の膜が衝突を繰り返しており、 2 枚の膜の間では重力が染み出す以外、あらゆる物質はそれぞれの膜のなかに閉じ込められていると仮定されているモデルです。

 高次元空間に存在する 3 次元の 2 枚の膜が衝突をするその瞬間がビックバンに対応すると考えられており、宇宙はビックバン後、通常の原則的膨張に続いて加速的な膨張を起こします。

 しかし、やがて収縮に転じ、再び衝突してビックバンを起こします。

 即ち、このモデルは膨張収縮を繰り返す振動宇宙モデルで、時間には始まりもなければ終わりもありません。


 しかし、このエキピロティックモデルは一つのシナリオ(仮説)としてであって、多くの批判もあります。量子理論上の理論が完成していないので、実際のところは、わかりません…。

 それはかつて、光が波か粒子かわからなかったころ、議論されていたように、現在は量子理論上の宇宙がどんなものであるのかがわからないじょうたいであり、議論されています。

 ブレーン宇宙モデルは現在多くの研究者の興味を引きつけるものとなっており、大きく発展しつつあります。これが新たなパラダイムになるのか、ひとつの流行にすぎないのかは、現時点では判断できません…。
 
 ちょうどビックバンの話を小十郎がしていたので、今回、量子論的宇宙の創生について、ブレーン宇宙モデルの一つとしてエキピロティック宇宙モデルを取り上げた梵であります…。
posted by 梵 at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

非常運

 しっかり、週末は寝込んでしまったためまったりと溜め込んでしまった梵であるので、後挙げなのでありますが…。

 小十郎はあまり気が進まないのか次のような一言と俳句を残していました。
小十郎の一言:あんまり

環境を 使われている 考える

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 どこかの議論か否や、何かに使われてるんでしょうかね…。

 まぁ、最先端な宇宙物理学は非常に微妙なものであるし、現代物理学や量子力学は現代の技術には使われていても、専門書や基本図書や教科書などで簡潔に説明されていても、実のところは問題を残しているものが多いので、一般性相対論のように手軽には扱えない分野でもあります…。

 で、やはり、確実なところといえば、技術や研究からわかってくる報告なわけで、科学論文誌の要約や科学情報誌では単刀直入に説明されていますが、論文原本はえらい、複雑な内容になっています…。

 今のところは、挙がって来る結果や報告から逆算して問題となるところを理解することしかできない梵であります…。

 そんな小十郎は非常運について次のように述べていました。
小十郎占い:非常運悪し

これまでのブラックホールの蒸発非常には、未解決の問題があった。

小十郎占い監修:小十郎
 説明がややこしいくなるのがわかったので、どう説明したらわかりやすいか考えているので止まっている梵でありました。
posted by 梵 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

お話

 小十郎は次のよう一言と俳句を残していました。
小十郎の一言:ふつー

あの波長 取り上げよう 波長なり

(小十郎の一言俳句監修:小十郎)
 まぁ、「ふつー」と言われれば、それまでなのですが…。とかくこの話は面倒なのです…。 

 小十郎がいう「取り上げよう」って、ひも理論の話ですかね…。

 ひもと言えば、《弦》と書いてひも理論ともいうようです…。

 ひもといってもいろいろあって、ホーキングはひも理論を話すときには、元祖の重力理論であったひも理論から説明に入って、ひもの話しをします。が、ペンローズとの対談で「超ひも理論については懐疑的な見解をもっている」述べていたように、ホーキングの本書には、基本的な物理数学上の概念や構造は説明するだけで、よく説明されたモデルは紹介されても、超ひもの話しはしませんね…。

 そのあたりは、他者がホーキングを通して説明するときの超ひも理論の認識と、ホーキングの認識が違うことが(よくありますが)印象に残っています。


 そんな小十郎はお話運について、やはり「そこそこ」だと述べていました。
小十郎占い:お話運そこそこ

そのあたりを調べることでブラックホールの存在を証明できるかもしれないというお話も行われているといいます。

小十郎占い監修:小十郎
 即ち、一般的には X 線や γ 線の放出や物質が呑み込まれる現象が見られたり、観測によって天体の大きさを計算するなどがありますが、ああ、加速器の話でしょうか…。

 ってことは、ブラックホールを製造するための理論を綴った資料のすねが欲しいんでしょうかね…。

 面白そうな資料がいっぱいあるんですが、考えてみます…。


 うぅぅぅん…。

 なんです…。物理学ねたを扱う場合、一つのことを調べるに資料を取り揃えると、さらに謎が深まり、それらを調べていくうちに資料がいっぱいになってしまう中でそれらを熟得しても、さらに謎が深まってしまうというのは、梵が物理学を扱うときに必ず生じてしまうのがお約束事な梵のパターンです。

 そして、科学論文や専門書(基本図書や参考書も含む)を交互に読み込んでいるうちに、いつのまにか把握できていることに後になって気がつくのも、お約束事な梵のパターンです。

 現在、小十郎たちに「現代物理学」のすねねたや「量子力学」のすねねたのおねだりをずっとされているので、論文に、基礎理論にと、物理学三昧中な梵であります…。

 まぁ、科学情報ねたサイズのものでは、物足りないというの気持ちもわかる梵でありす…。

 さて…。どうしましょうかね…。
posted by 梵 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(2) | 小十郎日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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